ケー・ドルセー41番地

ケー・ドルセー41番地

毎月月末、館より届く鈍色の便り

第50書簡「41, Quai d'Orsay」

 彼の母は彼を𠮟る時、よく「アンタは橋の下で拾ったんだからね」と言ったので、彼は自分を、もともと河岸に捨てられていた孤児なのだと思っていた。

 彼ら母子の住まいは、壁面の煉瓦レンガが泥とすすでまだら色になった古い借家の二階にあった。たったふた部屋しかないその空間は狭く薄暗く、いつも下水とかびのにおいが漂っていた。換気をしようと、建付けの悪い小さなギロチン窓を力任せに開けれてみれば、入ってくるのは工場の煙と飛灰、中庭で井戸端会議にふける女たちの猿のようなお喋りと赤ん坊の悲鳴ばかり。彼はいつも息が詰まるような思いだった。

 しかし彼は、その息苦しさを環境のせいではなく、自身がかつてその両の胸を涼やかな河風で満たしていたせいだと考えていた。住まいを窮屈に感じるのも、物心つく前から広大な河川を傍らに寝起きしていたからだし、この小便臭い区画に響き渡る酔っ払いの怒鳴り声や娼婦の哄笑が耳に障るのも、昔は水のせせらぎと会話していたからだと信じていた。そして母が彼につらく当たるのも、自身が貰いっ子だからなのだと、あまり気に留めていなかった。

 

 

 

 彼は毎朝4時に起きて、印刷所で新聞の束を買い取る。そしてその重い紙束を抱えて少しばかり歩き、橋のたもとで新聞を売っていた。

 本当は広場や地下鉄の入り口になんかに立っていた方がもっとよくさばけるのだけど、彼はそこで仕事をするのが好きだった。空が白んでいくのにしたがって、暗い藍色に沈んでいた水面は白魚が跳ねるごとくきらめき始め、絶え間ない水音に急き立てられるようにして朝陽が昇って来る。その矢のような光線が河面かわもに突き刺さった瞬間、排水の生臭いにおいが冷たい河風と共に巻き上がって、殴られ赤く腫れた彼の頬を優しく撫ぜる。それは擦り切れてかじかむ指の痛みをこらえて立つ彼に、言いようのない安心感と勇気を与えた。

 彼は仕事に出るたびに、まるで懐かしい我が家へ帰るような思いでいた。反対に仕事を終えて自宅へ戻る時、それは馴染みのない仮宿に忍ぶのと同じだった。

 

 

 

 この新聞売りの仕事は、母に安酒を与え束の間の家庭の安寧をもたらすことに役立っていたが、彼にもうひとつの恩恵を与えることになった。

 彼は新聞を捌きながら、そこに載っているニュースをくまなく眺めていたので、次第に字が読めるようになったのだった。勿論、まったくの独学というワケではなく、abcアーベーセーの文字自体は、去年少しばかり学校に行って覚えたものだった。けれど、毎朝新聞を売り切るまで粘っていると始業時間に遅れることも多く、土埃にまみれた服で教室に入るのも気恥ずかしくて、結局1か月も経たない内に通学を辞めてしまった。何より彼の母が、彼が学校に行くことに良い顔をしなかった。彼は知識というものを、目前を行き交う紳士淑女や、足元で船荷を揚げ下ろししている仲仕ドッケールの会話から、そして何より自身が売り捌く新聞から吸収していった。

 

 

 

 毎日朝晩に新聞を売り、うちに戻れば家事手伝いをするだけの単調な生活を送る彼にとって、新聞に書かれたニュースは身の回りの事件というよりも、胸躍る異世界の物語のようだった。実際紙面の片隅には陳腐な小説も連載されていて、彼はそうした低俗ながらも易しい物語たちを通して、この温度のない灰色に思われた世界に、胸を締め付ける綺羅星のごとき何かが存在することを察知した。

 万博の開催予告を目にしたときは、祭典を彩る出し物よりも、そこに各国の素晴らしい美術工芸品が集結することに胸躍らせた。巨大な画面スクリーンで映像を観ることができる新技術が発明されたと知った時は、どうにかして一目見たいと歯ぎしりした。そしてその新技術に使う機材からの出火がもとで、慈善事業チャリティー競売オークション会場が燃えて百人以上の死者を出したという速報を見た時、彼は人々の死を悼むより、一体どんな書画骨董が失われてしまったのだろうと気に病んだ。

「こりゃとんでもないぜ。『愛の淑女たち、新技術の暴発による火災で百人死す』だってさ」

「百人って何人だよ」

「百人は百人だよ。いっぱい死んだんだよ」

 その時、彼は商売の合間に、橋桁はしげたに座っている物乞いの少年へ新聞の読み聞かせをしていた。新聞1枚の売り上げなど微々たるものなので、その1枚を読み聞かせに流用して物乞いからの心ばかりの謝礼と引き換えにしても、手取りは左程変わらなかったからだった。物乞いと言えども、最近は上流階級の「愛の淑女たち」の間で寄付が流行っているらしく、少年が橋桁で回収した1日の総額が、新聞売りの彼より多い時もあった。勿論少年は数をかぞえられなかったので、その意外な実入りは、彼が計算してやったことで発覚したものである。

「俺たちくらいの子供ガキも5人死んだってさ」

「そいつはラッキーだな」

 そう吐き捨てる物乞いの少年を、彼はまた友のようにも思っていた。

 同じ新聞売りの小僧たちは、口を開けば菓子と煙草と隣家の少女の尻のことばかりで、彼とは馬が合わなかった。以前、街頭に貼られていた "GISMONDAジスモンダ" などという芝居の宣伝ポスターがあまりに美しかったために、彼は芝居とは菓子よりもずっと甘やかなものに違いないと確信していた。そして煙草を買う金があれば、他紙の連載小説フェイユトンを買って読みたかったし、近所の小汚い女児のスカートの中より、新聞の挿絵に描かれた白黒モノトーン婦人マダムの、のっぺりとした長い喉のほうが想像を駆り立てた。

 彼には、新聞を読み上げることで架空の物語に浸るという逃避行が必要だった。そしてその中から、心惹かれる芸術の欠片を見つけ出すことに飢えていた。それが、新聞を読んでみたかった物乞いの需要とたまたま合致しただけだったのだが、この偶然が当時の彼の心のよすがになったことは言うまでもない。そして何より、橋の陰で暮らすこの天涯孤独の少年が、彼には自由な野鳥のように思われて眩しかったのだった。

 その後、彼が「ひとりのまんまのアンタが羨ましいな」とこぼしたために、少年は激昂して口を聞いてくれなくなった。彼にはまた、友達がいなくなった。

 

 

 

 ある日のこと、彼が朝の新聞を配り終えて朝食を取りにうちに戻ると、借家に囲まれた中庭で、大人たちが何やら喧々諤々けんけんがくがくとしていた。一体何事かと輪に入ってみれば、宛先不明の手紙が敷地に投げ込まれていたという。ここらの住民宛てに書簡が届くなど、滅多にないことだった。

「誰に宛てた手紙なのかね。開けてイイのかしらね、これ」

「大した封書じゃなさそうだしイイでしょう。まさかこれが恋文ラブレターだとは思えないわ」

 そうして洗濯女のあかぎれだらけの指で、その鈍色の封筒は躊躇いもなくビリビリと破かれてしまったのだったが、いざ出て来た文書を誰ひとりとして読むことができないのだった。

 女たちの視線は、一斉に彼に向いた。

「アンタ、字が読めるんだったわよね」

「え……まァ。読めなくもないけどさァ」

 数枚の便箋を押し付けられ渋々目を通してみた彼は、じきにその瑠璃色のまなこがかがやき出すのを隠すのに必死になった。

「これ、俺らとは全然関係ないよ」

 彼は努めて平静を装いながら、いい加減な嘘を並べた。

「庭に出た兎を食べたとか、遠い親戚がおっ死んだとか、知らない人のどうでもイイことしか書いてないや。仮にちゃんと届いてたところで、こりゃ読むほどのモンでもないね」

「でも宛名はないけど差出人の住所だけ書いてあるでしょう。そこには何て書いてあるの」

「ウーン、Quai d'Orsayオルセー河岸……これ、河のずっと向こうだよ。随分遠くから来たんだなァ。配達人がボケてたんだね」

 噂話に飢えた女たちは、なァんだ、と肩をすくめて、急に興味を失ったように散っていった。

 彼は握り潰すような仕草をしながら手紙をこっそりポケットに捻じ込んで、母が働きに出て不在なのをこれ幸いと、朝食も取らないままに路地へと滑り出した。そして足早に歩きながら、手紙を食い入るように読み始めた。

 それはロクに推敲もされていないような、誰かが思うがままに胸の内を書き殴ったのであろう乱文だった。先程の彼の「知らない人のどうでもイイことしか書いてないや」という言葉は、半分は本当だった。赤の他人の心中など、読んでも微塵も面白くもないものである。

 にも関わらず、この素性も知らぬ人物の告白は、彼を強烈に惹き付けた。それはあまりに他人事とは思えない内容だったのだ。否、それどころか、そこに書かれているのは彼自身の言葉としか思えなかった。心は確実にそれを希求していたのに、荒廃した日常の中でこれまで言語化しえなかった何かが、そこには滔々と語られていた。それは人工物の恒久的な美しさについてであったり、卑しい身に宿すべき高貴な精神の如何様についてであったり、死という甘美な響きの邪悪さについてであったりした。書き手はまったくの病気であるように思われた。利己的エゴイスティックな性分が熱病に侵された折に、命と未だ手に入らぬ名声を惜しむばかりに自動筆記オートマティスムをするとくなるかという、傲慢さと散漫な意思がそこには滲み出ていた。しかしその混乱した激情こそが、彼の心を捕えて離さなくなったのである。

 一体これは誰に宛てられ、書いたのは誰なのか。彼は破かれた封筒を何度も翻してみたが、やはりそこにはただ送り元の住所しか記載されていなかった。しかし、この手紙はきっと自分に宛てて書かれたものに違いないという確信が、不思議と彼の中にはあった。何より、その文面は彼自身の陳述としか思えなかったのである。彼は次第に、封筒に唯一記された "Quai d'Orsayオルセー河岸" という住所に、自分自身が住んでいるのではないかという妄想に憑り付かれた。

 彼の歩みは、いつもの橋のたもとへと彼を運んだ。昼過ぎの陽光を受けて、腐敗した河川の水は砕け散る鏡のように燦然とかがやいていた。彼は、自身の見てきたものが鏡面の虚像の如きものであったことを悟った。この流れの先へずっと歩いて行けば、手紙の差出人のもとへ辿り着けるだろう。

 書簡の出所たる、河岸に屹立しているであろう館────下水とかびのにおいが充満したあの陰鬱な借間ではなく、没薬ミルラ乳香フランキンセンスが焚き染められ、万国の書画骨董やシネマトグラフのような新技術がひしめく驚異の空間ヴンダーカンマーを一目見てみたいと、彼は思った。彼はその時、灰色の新聞ではなく鈍色の手紙を片手に、自身の真の肉親である河川の傍で孤独という自由をもって暮らす自分自身を、夢の中の物語ではなく、現実の中の夢想として見出そうとしていたのだった。

 彼は河に沿って歩き始めた。印刷所に夕刊を取りに立ち寄ることもせず、傾きゆく太陽にその垢染みた小さな額を向けて、傷だらけの革靴を石畳に強く鳴らして脚を運んだ。

 その後、その街で彼の姿を見た者はなかったという。

 

 

 

 ────さて、以上がこの書簡にて告白する、私の粗末な生い立ちである。

 私が手紙の送り元に本当に辿り着けたのかどうかは、わざわざここに書く必要もないだろう。あの書簡に共感した瞬間、それまでの私の見ていた景色が鏡像と化した瞬間に、私はすでに至るべきところに到着していたからである。

 これを読んだ貴方が、もしかつての私のようにこれを我が事と思ったのならば、どうか貴方も筆を執り、一枚の手紙をしたためてほしい。そして貴方もそこに辿り着いたという証に、送り元には架空の、しかし類稀なる魂の同胞が集う、この応接間サロンの在処をどうか記してほしいのである。

 "41, Quai d'Orsayケー・ドルセー41番地" と。

 

 

 

19世紀パリの「不衛生住宅」問題の発生と展開
成城大學經濟研究 162巻 (2003)
https://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/162/162-oomori.pdf

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第49書簡「精神の入れ子人形」

 世間の潮流に疎いために、いつも要らぬ心労ばかり被っている。

 音楽やファッションのトレンドを知らないために、会話が噛み合わず気まずい思いをする。テレビやストリーミングサービスで何それが話題と聞いても、当然見ていないために返事に困る。時事どころか天気予報すら確認しないので、出先で悪天候に見舞われ、濡れねずみになることも茶飯事だ。これは決して、日頃俗世と離れた閑雅な世界で暮らしておりますという自慢ではない。積極的に新しい情報を取り入れ知を刷新していく気力を常に欠いている、己の自閉しがちな精神と愚鈍さについての懺悔である。

 曲がりなりにも、インターネットで少なからずのコンテンツを発信している、所謂いわゆるインフルエンサー(笑)」に分類されるであろう人間なのに、未だにInstagramは使いこなせず、TikTokでも動画を投稿する以外のことができない。当然、それらで今、何が流行っているのかも殆ど知らない(というかどうやって知れば良いのかを知らない)。ただ最近、流石にメインの活動プラットフォームであるYouTubeの時流くらい追ってみたって良いんじゃないか、と珍しくやる気を起こして、しかし何をチェックすれば良いかが分からないために、よく小耳に挟むVtuberというやつを見てみた。

 異世界のキャラクターのような、アニメちっくなアバターを利用している方が多いのは知っていた。そのために、Vtuberの魅力とはてっきり、その設定を前面に演出した「自由意思のある架空のアニメキャラクター」であることだと思っていた。つまり我々とは全く感覚を共有しない隔世の話題をリアルタイムで繰り広げる、その非現実性と意外性が面白いのだろうと想像していたのである。

 しかし実際にいくつかの動画を視聴してみたところ、それはどうやら誤解であるらしいことが分かった。どれほど斬新で奇抜な外観ビジュアルをしていても、そこから発される話題は、今日食べた夕飯のことであったり、昨日外出先で起こった笑い話であったり、今度買おうか迷っている新作のゲームについてであったり────まるで学校の休み時間に繰り広げられるような他愛もない会話、至って日常的なものだった。

「われわれが実際に身をもって知り、また生活しているものは、四囲しいの現実だけだ。」

────坂口安吾帝銀事件を論ず』

 ある意味それは、理想通りにデザインされた外見ガワと、それを被った配信者の人間味溢れる「ギャップ」を楽しむ遊戯ゲームでもあった。

 Vtuber────つまりアニメちっくなモデルを使用して人が配信を行う「バーチャルYouTuber」という活動形態を最初に始めたのは、2016年に出現したKizunaAIキズナアイだったが、当初は生き生きと動く3Dモデルの新鮮さや、デザインやキャラクター設定に沿った可愛らしさが支持されるだろう、と想定されていた。それが蓋を開けてみれば、時折垣間見えてしまう「中の人アバターを使用して喋る配信者)」本来の性格、人間味こそが、より注目され広く愛されていった────そんな指摘を、どこかで読んだことを思い出したり等していた。

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 所謂いわゆる「ギャップ萌え」に近いものなのかもしれない。一見そうとは思えない容貌から意外な所作が飛び出すと、人は驚きと同時に、その可笑しみから親近感を覚えることがある。

 ただしそれは容姿ルックスか言動のどちらかが、社会の時局にある程度合致している時に限る、というのも言わずもがな。その時代に美男美女とされている端正な顔立ちながら喋ると随分と天然であるとか、容姿ルックスはそれほどでも健気で深い真心を持っているとか、そういう類である。例え社会倫理に背いていたとしても、それが面白さとして消費される風潮の中にいればその内に許されてしまうのだが、そうでなければ「ギャップ」は危険な綱渡りそのものだ。

 茶の間で絶大な支持を得る芸人が、実は手癖が悪かったと発覚する。清楚な印象イメージで人気だったアイドルに、無数の異性の影が露見する。こうした事例ケースだと、それは「ギャップ萌え」ではなく「ギャップえ」として非難バッシングされてしまうので、まァ何とも難しいモンである。

「悪口の的になるのは、(悪口屋自身が意識していなくても、)必ず何らかのソゴであります、外見と中身とのソゴ、思想と文体とのソゴ、社会と個我とのソゴ、作品の意図と結果のソゴであります」

────三島由紀夫『不道徳教育講座』角川文庫(2021)p.192

 

 

 

 だが、どのような事例ケースであれ概して言えるのは、まず「ギャップ」というのは両極端な(と思われる)性質がひとつの個体に同居している状態、ということだ。そして片方の性質は非常な好印象をもって評価されているのに、もう片方の性質の印象が悪すぎた場合に、それは「好ましくないギャップ」として批判される。

 しかしこの批判の主張するところを突き詰めて考えてみると、結局「白か黒の内、私は黒しか認めません」というようなことを言っているだけのような気もする。柔軟性を欠いた、白黒思考に陥っているだけなんじゃないか。

 物事を二極化で捉えることしかできないのは、大抵本人の見識が不足していることに起因する。人間や出来事のあまたの形式パターンを経験学習していないために、白か黒のどちらにも振り分けられないものがこの世に無数に存在することを想像できない。そのような加害性のある完璧主義に陥らないためには、やはり新しい情報を積極的に取り入れて、常に自己刷新を図っていくことが大切なのだろう。

 だが冒頭で書いた通り、私はそれが面倒臭いんである第41書簡「時代の極致へ向かって」でも、私は「『美徳』とは、中庸を目指して惑乱することではなく、危険な極致を目指すことに違いない」と書いた。凡夫はグレーゾーンなどと言う中庸に揺蕩うことができない。好事家は、「程良ほどよさ」を「美」から最も離れた低級な価値観として嫌悪する。ひとつの極致に固執することは、崖っぷちで一等星を掴もうと爪先立ちをするが如く、投身自殺を運命付けられた愚かで虚しい行為、しかし勇ましい孤高の美意識だ。

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 とは言え、同時に小心者でもある我々は、白黒思考が「社会の時局にある程度合致した言動」でないこともシッカリ心得ている。ここは自己保身のために、何とか屁理屈をねなければならない。何より、白と黒のどちらかしか認めないというのは、竹を割ったような気持ち良さがある一方で、たった2音で構成された音楽のような単調さで、つまらなくもある。表が黒で裏が白のマントがあったとして、しかし結局それは貧相なただのペラ一枚じゃないか、という感じが拭えないのである。

 ならば簡単だ。ミルフイユのように、布の枚数を増やせば良い。

 

 

 

 表で良い顔をしながら裏で悪事を働いていた時、人は「そんな悪い顔を裏に隠していたなんて」と糾弾することだろう。しかしここで、「その悪事は将来の善のために仕方なくやっていたことで……」と明かされたらどうだろうか。評価はもう一度翻るに違いない。

 白と黒を、物差しの両端、あるいは布の両面に置かれたもののように考えるから、白黒思考は美意識ではなく、加害的で低能な考え方だと揶揄される。それはさながら入れ子人形マトリョシカのように捉え、また志すべきなのである

 白だと思ってその人の中を覗いてみると、真っ黒だった。

 裏切られたと憤慨しよく聞いてみれば、実はその正体は白だった。

 何だ良い人だったじゃないかと安心して触れ合えば、内にはさらなる黒が眠っていることに気が付いた。

 恐ろしくて逃げ出そうとすれば、その黒い腕を開いて内側が真っ白であることを見せられて……。

 このような価値観の上に立ち、王子様コンプレックスに罹患する私は、「乞食の真似をする王子の真似をする乞食の王子」であることに憧れている。

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 王子は街に下り、乞食に身をやつしている。王子は、「真理は民衆の汗と糞尿にまみれた卑俗な営みの中にこそある」と考えている。王子は、路傍で寒さと孤独に震える苦しみこそが自身を賢者にすると、頭上に降りかかる雨と人々の冷徹なまなざしが自身を芸術家にすると、信じている。

 しかし残念ながら、それは狂った乞食の妄想でしかなかった。乞食は、見栄も尊厳もかなぐり捨て明日の命を繋ぐ過酷さと虚しさ、常にかたわらで微笑む死の恐怖と誘惑の狭間はざまでついに発狂してしまい、自分は本当は一国の王子なのだと信じ込むに至ってしまったのだった。

 乞食は、腐った木材に襤褸ボロ切れを引っ掛けただけの城の中で、野茨ノイバラ蔦葛ツタカズラの王冠を被り、胸いっぱいにブリキ缶の蓋の勲章を着けて、今日も存在しない百千の民草へ向けて、自信たっぷりに唾を飛ばし演説を振るっている。彼は、飢えと貧苦に晒されても気高さを失わない、強靭な精神を持つ君子ではなかった。彼はただの暗愚な、凡夫であった。

 だが、そんな彼が忘れた、もうひとつの事実があった。それは、乞食は本当にもともと王子だった、ということだった。国が滅ぼされた悲劇ゆえか、呪われ一族に追放された災難ゆえか、あるいは彼の傲慢と暴虐ゆえか────王子はついに身を滅ぼして、天涯孤独の流浪人デラシネとなってしまったのだった。その身体の内に崇高な魂と邪悪な力が眠っていることを、輝かしい栄光が刻まれていることを、王子は忘却し、未だ思い出せずにいる。

関係ないけどハムレット王子に扮するこのサラ・ベルナールの写真、めっちゃ好き。1899年。

 

 これを「好事家ジェネ」というキャラクターに置き換えてみれば、

  • 「乞食の真似をする王子」: 純文学や純粋芸術ファインアートを崇拝しながらも、幼稚な反骨心と生来天邪鬼あまのじゃくであるがゆえに、猥雑で俗悪なサブカルチャーにまみれることを是としている。
  • 「~の真似をする乞食」: その態度ポーズも学びもまがいものにすぎないというのに、今日も虚勢を張って、その先に誰も居やしない液晶画面へ向かって妄言をまくし立てている。
  • 「~の王子」: けれどもそんな凡夫たる自身もきっと何者かであるに違いないという自尊心プライドと幻想を、未だ捨てられないでいる。

 おおよそこういうことになる。

 全く情けない実態ではあるが、ここで王子と乞食という、本来同じ場に居合わせることはないであろうふたつの極端な立場が、一個人の中に同居していることに注目してほしい。

 もし私が「私は王子である」と自称したならば、「いやいや貴方はどこまでも一般人でしょう」と嗤われるだろう。それを聞いた私が「私は一般人です」と言えば、今度は「じゃあ日頃のインフルエンサー気取りは何なのか」と問われるかもしれない。物差しの両端のように白黒を捉えていたなら、この審問は永遠に「反対側」をつつかれ追い回されるだけのイタチごっこと化すのである。

 しかし入れ子人形マトリョシカのように白黒を捉えていたなら、糾弾者は幾重にも重なったその心の中へと入り込んでいくほかない────白なのか黒なのか未だ分からない貴方の深みへと、どんどん嵌まっていくのである。

 

 

 

 白と黒のような相反する性質が「ギャップ」と呼ばれるのは、両極の間に関連性が見い出せない時だ。しかし先の王子と乞食の例えでは、物語という糸でそれらを幾重にも重ねることで、両極を共立させている。これはある意味、分裂したままの自己から、自己矛盾を引き受ける自分になるということでもある。

 外見ガワの中の外見ガワの中の外見ガワの中の外見ガワの中の────そのひとつひとつが例え低級で空虚な白か黒の殻でしかなくても、入れ子人形マトリョシカを開け尽くした最後のひとつは、確かな中身の詰まった人形ヒトガタである。それがVtuberでいうところの、生身の貴方という「魂」なのではないか。その魂は、過激な白色なのか徹底した黒色なのか、もしかするとちゃっかり大人にグレーをまとっているかもしれない。けれど、それを周囲に明かす必要はない。

 君に密かな興味、またはありったけの悪意を持った人が目を爛々とさせながら一生懸命開ける、お楽しみにしてあげよう。そうした娯楽エンタメを提供できる者が、「インフルエンサー」なんていうお人形になれるのやもしれぬ。

第48書簡「人生の座付き作家」

 先日、劇団唐組の日々を追いかけたドキュメンタリー映画シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を観た。

 当ブログの読者には今更説明するまでもないだろうが、「唐組」とは、かのアングラ演劇の第一人者・唐十郎氏が率いていた劇団である。唐氏はかつて「状況劇場」の主宰として、寺山修司の「天井桟敷」や鈴木忠志別役実の「早稲田小劇場」、佐藤信の「演劇センター68/71」といった60年代の前衛劇団と肩を並べ、80年代に同劇団が分裂してからは、「唐組」の座長として演劇界の異端児であり続けた。

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 そんな彼についての仔細と個人的な思慕については第34書簡「紅色の浪漫──追悼・唐十郎氏」に綴っているので参照されたいが、大島新監督の『シアトリカル』では、2007年の春公演『行商人ネモ』の準備の中、唐十郎氏に翻弄されながらも魅了されてやまない劇団員たちの、悦びと葛藤の姿が印象的だった。

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 唐組の役者は、芝居の訓練だけではなく、美術や装置の制作、照明や音響の操作、テントの建設からチケットのもぎり、ポスター貼りまで、舞台制作に関わる全ての仕事をこなさねばならない。さらに稽古が終われば必ず宴会が始まり、酔った唐氏の奇天烈な思い付き、滅裂な指図にも健気に付き合う。隙間時間を縫って、カラオケルームで掛け合いの練習をしたり、取材旅行に出かける者もいる。要は公演の準備が始まると、役者には「自分の時間」というものが全くと言っていいほどない。まさに生活、人生全ての時間と熱量エネルギーを、唐組の芝居に捧げる

 さらには、先程「ドキュメンタリー映画」と書いたが、この『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』の一部には、監督が劇団員と打ち合わせた上で敢えて演じさせた「非現実フィクション」が混在している。どの箇所が演技だったのかについては、映画パンフレットの中で種明かしがなされているが、こうした現実を演じているのか虚構を生きているのか綯い交ぜになった映像を見て、私は「人生というのは、とどのつまり芝居なのかもしれない」というようなことを考えていた。

「自分自身を演じるってのは1番難関だね」

────大島新『シアトリカル』より唐十郎氏の言葉

 

 

 

 以前私は、寝覚めが悪いために妙に現実的リアルな夢をよく見る、というようなことを書いた第46書簡「夢うつつを旅する男」参照)。その生々しい夢の中でもよく見るものが、「ろくに準備もできていない状態で舞台の上に立たされる」というものである。

 そこでの私は、未熟な役者であったり、講演を控えた文化人であったり、売れない巡業歌手や踊り子ダンサーであったり、果ては一度も板を踏んだことがない凡夫であったりと、職業や身の上は様々なのだが、毎度脚本や進行を微塵も記憶していない状態で、舞台袖からせっつかれたり幕が勝手に開いたりして、数百人の観客の前に晒されてしまう。その度に私は、震える指先を必死に抑え込んで、混乱した頭で考える。

 退屈な日常の強制的な繰り返しによって何とかひり出した、決して安くないチケット代を支払って、退屈な日常の倦怠を吹き飛ばしてくれる刺激を今か今かと待ち望んでいる、目前の飢えた人々。もし私がヘマをこいて返金騒動でも起こそうものなら、彼らの募りに募った鬱屈フラストレーションはどうなってしまうのか。その負債と責任は、どんな恐ろしい形でこの身に降り注いでしまうのか。

 そうなれば、共に出演する者たちや、劇場の従業員スタッフの手当が支払われないかもしれない。解雇クビを言い渡される者も出てしまうかもしれない。劇場の名を汚したとして、二度と目下の板を踏めないどころか、他の出演場すらも未来永劫失ってしまうかもしれない。云々。

 一瞬にして脳内を最悪の顛末が駆け巡る。そうして私は毎回、真っ白の頭のまま、行き当たりばったりで演技を始める。当然、それは随分とお粗末なものだ。しかし「間を持たせる」点だけで見てみれば、何だかそこそこの形になっているんである。

 

 

 

 そんな夢の中の土壇場の演技を、最後までやり切ることはあまりない。必ず途中で目が覚める。

 けれど、腹を括って初めの一挙手一投足に踏み出した瞬間、胸中の潮騒が急にピタリと凪ぐあの感覚。緊張と混乱で頭の歯車が上手く回転していないのに、何故か口先からはスラスラと適当な文句が滑り出して、そつなく平然と振舞える胆力。

 一体いつ自分が身に着けたのか見当も付かないそうしたわざを発揮する瞬間を、私の場合は残念ながら夢だけだが────現実で経験したことがある人も、きっと少なくないはずだ。

 例えば、元来大人数を前にスピーチするなんて苦手で仕方がなかったのに、いつの間にか流れ作業でできるようになっていたり。人と何を話せば良いのか全く分からなかったが、まずは季節の挨拶から入り、ちょっとした身の上話でも挟んで……と、気付けば上っ面の世間話程度なら、小手先でできるようになっていたり。

 場数を踏んだ結果と言えばそれまでだが、私はこれを「役者として上達した」と見てみたい。

 我々は、人生という舞台に突如産み落とされた、無学非才の役者である。脚本も進行も何一つ伝えられていないどころか、出演を希望した覚えすらないのに、気が付けば肉色の緞帳どんちょうは上がっている。目前には、果たして君がどんな優秀な俳優なのか評価ジャッジメントしてやろうと、飢えと期待に爛々と輝く、猛獣の如き無数の社会のまなこがある。舞台袖の陰では、両親という脚本家と演出家が鬼の形相となって、早く演技を始めるよう急かす合図を送っている。

 やるしかない。例えそれが見世物に終始し、拍手の代わりに罵声ブーイングと空き缶が飛んで来るとしても、君はやるしかないのだ。

 稽古場で悠長に練習レッスンしている準備の時間など、人生にはない。そうして稚拙な役者は、今まさに本番という最中で失敗ポカをしながら芝居を学び、多様な役を覚えていく。気付けばそつのないスピーチや世間話ができるようになっていたように。かつて泣き喚く赤ん坊の役しかできなかったが、学生としてどう振舞うべきか、母としてどう在るべきか、社長としてどんな顔をすべきか、徐々に役回りを身に着け、演じるべき顔が増えていくように。

「All the world's a stage, And all the men and women merely players.
(この世は舞台、人は皆ただの役者 )
────シェイクスピア『お気に召すまま』

 

 

 

 ……と、ここまで書いておいて何なのだが、「我々は人生の役者である」という発想は、実は私にとってはあまり愉快なものではない。役者は基本的に、無名の傀儡かいらいだからである。

 まず役者には、自身の言葉を語る権利がない。アドリブと言って、その場限りの役者の機転が評価を受けることもあるけれども、それは稀にやるから面白いのであって、延々と自分の言葉のみを口にしている者は、役者とは認められない。発する言葉という点だけで見れば、役者は脚本家の思想を代弁しているだけの拡声器スピーカーにすぎない。

マーゴ「女優が台詞を変えるのは観客をひきつけるためなのよ!」

ビル「ピアノが自ら協奏曲を書くなんてことはあっちゃだめなんだよ!」

────ジョセフ・L・マンキーウィッツイヴの総て

 そうして脚本をただ読み上げるだけなら、演劇なぞ観る必要はないのだが、そこに役者の演技という肉体言語が付随するから、言葉と物語がより臨場感と新鮮味をもって伝わってくるワケだ。しかし、演技力や肉体の表現力というものが、果たしてどこまで時間的な雄弁性を持つだろうか。

 今は映像技術があるから、役者の舞台上の表現は、昔よりもずっと記録として長く遺ることだろう。しかしそれはあくまで「記録」にすぎず、役者の持っている肉体表現の真の輝きは、画面を通した瞬間に霧散するに違いない。演劇と役者の美しさは、一回性の無常の中で発熱する身体の震えと躍動、その刹那にこそ宿るからだ。そしてフィルムやDVDのような映像媒体は、石や紙に比べればはるかに脆弱だ。データとして所持していたって、HDDハードディスクやサーバーが破壊されれば一貫の終わりである。映像記録は、未来永劫その役者の高名を約束するものでは全くない。

 映像技術が登場する前だって、サラ・ベルナールヘンリー・アーヴィングのような俳優の名は遺っているではないか、という者もいるかもしれない。しかし私はここ100年、200年の最近の話はしていない。

サラ・ベルナールの公演ポスター。ミュシャ出世作となった。

ヘンリー・アーヴィング。『吸血鬼ドラキュラ』の作者ブラム・ストーカーがマネジメントしていた19世紀英国の名俳優であり、ドラキュラのモデルになったと言われている。
 2000年以上前の、古代ギリシアの悲劇詩人を思い返してみてほしい。ソフォクレスエウリピデスアイスキュロスの戯曲は今なお読み継がれ、優れた作家として世界中に名を記憶されている。しかしオイディプス王』や『メデイア』や『アガメムノン』が初演された当時、それを演じた俳優の名を、身体表現の如何ほどを、一体どこの誰が覚えているというのだろう?
 岸田國士は『演劇一般講和』の中で、「演劇に於ける脚本の位置はどうかと云へば、それは音楽に於ける楽譜である」と書いている。ショパンの名と楽譜は広く親しまれているが、ショパン自身の演奏は今を生きる誰も聞いたことがない。同じように、作家の名と脚本は時が経っても記憶されるが、それを演じた役者の名────特に演技は、忘却を運命づけられている。時に信憑性に欠く、至極主観的な口伝が、わずかに遺されるのみである。

 誰もが有名になり、歴史に名を遺すことを目指して俳優を務めているワケではない、というのは勿論だ。自身の魂が呼吸するためには、舞台で演じる行為が必要である、という人もいるだろう。

 しかし昨今の、演劇を観る人よりも演じる人の方が多いというこの時代に、あまりに役者志望というものが多いので、一度知人に尋ねてみたことがある。

" In Paris, everybody wants to be an actor; nobody is content to be a spectator. "

(パリでは誰もが役者になりたがり、観客でいることに満足しない。)

────ジャン・コクトー

 日々アルバイトをしながら役者を志しているというその知人に、苦労をしてまでしてなお役者をやりたいという熱意のワケを聞いてみたところ、

「違う人生を体験できるのが楽しい」

 という答えが返ってきた。

 釈然としなかった。著名な俳優ならいざ知らず────否、今をときめく役者であったって、いつ何時も自分の好きな役を貰えるとは限らないのではないか。例え自分が望んだ役でなくったって、熱心に演じていると、段々楽しくなってきてしまうのだろうか。

 それじゃあ、人生と同じじゃないか。

 

 

 

 人生という舞台で役者のみに終始するのは、何だか天井が知れているような、自身の思想と美学の源泉が何処にも定まらないような、つまらなさがある。

 確かに人間の言葉や知識の全ては後天的に習得したものなので、その点においては、我々は真に純粋ピュアな己の言葉を持たない役者かもしれない。しかし、第39書簡「未来世界で死ぬために──生成AIに対する一個人の見解と所感でも、「オリジナリティ」というものは、無から記号を発明してみせたか否かという『唯一性』ではなく、過去の記号を如何に面白く再混合リミックスしてみせたかという『独創性』のことだ、と書いた通り、「自分の言葉」とは、誰も思い付いていない突飛もない発想イデアのことばかりを指さない。過去の知識と経験が、自身の魂という鋳型に詰め込まれ抽出された時、どのような色かたちを取るのか────その独創性を試行錯誤し楽しむ実験こそ、「自分の言葉で語る」ということの真相である。役者には、その実験の権限すら与えられていない。

 この状況を打破するためには、役者ではなく、自分の人生の座付き作家になる必要がある。

 自身で人生の筋書きを書き、自身で演じることだ。私欲エゴイズムにまみれた物語を全身全霊で謳歌してこそ、観客もそのほとばしる熱量エネルギーに釘付けになるというものである。

 名作家である必要は微塵もない。 支離滅裂も波乱万丈と言い換えれば、破綻も不条理と説明すれば、成立してしまうのが演劇に違いない。終わらせ方だって一度たりとも考える必要などない。如何に無謀な筋書であろうと、我々には「機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ」がいて、その神が必ず幕を下ろしてくれるからだ。

 その神の名は、死という。


第47書簡「アンビバレンスな箱庭で」

 何とも危ういことを危うい均衡バランスでし続けて来たものだと、最近思うようになった。

 全ての人の生涯に当てはまることかもしれないし、私の毎日も相変わらず奈落の上をく綱渡りだ。ただまァこのブログで書くことであるから、今回の話も当然、YouTubeとそれにまつわる活動についてである。

www.youtube.com

 ご存知の通り、私の運営しているYouTubeチャンネル「好事家ジェネの館」は、耽美で退廃的でエログロナンセンスなカルチャーを文化史や美術史の観点から読み解いていく、孤高の好事家のためのチャンネルだ(詳しくはチャンネルの説明文をご参照のほど)。別段サブカルチャーアンダーグラウンドカルチャーに特化しているワケではないのだが、暗く悪しく美しい性質を備えているというので、そうした文化を扱うことも少なくない。

 しかし当然ながら、「耽美で退廃的でエログロナンセンスな」彼是アレコレは、現代の価値観や道徳倫理の側面から見れば賞賛できないものが多々ある。それをYouTubeの規約にのっとりながら紹介するというのは、崖っぷちからどれほど身を乗り出せるかという度胸試しゲームに、毎度挑むようなものだ。

 以前第36書簡「自殺のすゝめ」にも、こんな動画をアップロードしている以上チャンネル停止のリスクは常に付き纏っている、というようなことを書いたが、ともあれ一応5年近くは首の皮が繋がっているので、有難いような恐ろしいような、何とも複雑な気持ちである。

dilettantegenet.hatenablog.com

 「危ういバランス」なのは動画の内容だけではない。チャンネルの方針や私の日々の発言、視聴者への応対など、どれも正しさのみに律されてきたとはとても言い難い。その志すところの不安定さ、分裂症の如き不均衡は、昨今ますます露骨になるばかりだ。

 情報をインターネット上に広く公開しておきながら、見たい者だけ見れば良いと言い放つ。孤高たれと豪語しておきながら、流行にていよく便乗してみたりする────左程大きな炎上もせずここまで来たのが、もはや奇跡と言うほかない。

 何故、全てにおいてここまで一貫性がないのか。その言い訳を考えるのが、今回の書簡の趣旨である。

 

 

 

 結論から言ってしまえば、「特定の人に見つけてほしくて、リスクを承知で流布している」ということになる。

 硝子ガラスの靴を履くことのできる────そんな小さな器にしか収まることができない偏屈な魂を持つ君を、国中に空が割れんばかりのかまししさで捜索の御触れを出し、馬を駆り砂埃を上げ、喇叭ラッパひづめの音をけたたましく響かせて、血眼で探し回っている。巻き込まれた国民は、堪ったものではないですが。

美しい君よいずこ。ハリー・クラーク画。1922年。

 チャンネルやSNSの発言をインターネット上に広く公開しているのに、「来るもの選び去る者追わず」のような姿勢スタンスでいるのは、上述の理由からだ。沢山の閲覧者の中に、現世が自身にとって心安らげる居場所でないことを嘆くはぐれ者が混ざってはいないかと、いつも淡い期待を抱きながらアップロードのボタンを押す。それは川底をすくい上げ、取るに足らない無数の砂礫されきの中から、小さくとも一等のまばゆさを放つ、金の一粒を見つけ出す作業に似る。

 利用しているYouTubeXInstagramTikTokといったプラットフォームが、如何せん利用者も多いため、私の情報が望まぬ人にまで届いてしまうという「事故」は起こりうる。ただ、ブラクラだの、掲示板や情報サイトの嘘情報(例:ワザップジョルノだの、長らくインターネットの底意地悪い文化に親しんで来てしまったせいか、「システムやプラットフォームは仕様とリスクを理解し自己責任で利用するべき」という考えが未だに抜けないでいる。

インターネットの(?)一文化"RTFM"こと"Read The Fucking Manual"(マニュアルを読みやがれ)

 私は、Xのおすすめ機能によるTLタイムラインを見ない。家族のほっこりエピソードや美容情報、愛猫の写真といったたぐいがどうも苦手だからだ第22書簡「狂犬に学ぶ死生学」に書いたが私は猫が得意でない)。しかし当然ながら、それらを投稿する人には何の罪もない。私が何かを不快に思ったとしても、それがプラットフォームで許された情報であるのならば、ユーザーは黙するかその場を去るのみだ。

 一方でまた、私が不快に思った何かがプラットフォームで規制されたとしても、それは私の不快感を正当化するものではないだろう。サービス上の規約ルールは、ユーザーを不快感から守るためのものであるが、不快感の妥当性を担保するものではない。全てはその機能を理解しながらも(あるいは理解せず)利用した、私の責任だ。

 それに不満を抱くのは、音楽アプリをランダム再生に設定しておいて「好きな曲が流れない!」と怒ったり、YouTubeを開いて「小説がない!」と批判するようなものかもしれない。

「批評することは、どこまで行っても自己を許すことである。」

────原田統三『二十歳のエチュード

 ……ということで、うっかりそういったポストを見てしまった時は、そっとミュートするようにしているのだが、ネット利用者が過去に類を見ないほど増加した今現在においては、私の考えはもはや時代遅れになりつつあるだろう。認識をそろそろ改めるべき時かもしれない。いくら無作為ランダムな露出のリスクと言っても、公共性の低い情報(例えばエログロのたぐいはそもそも発信すべきではない、という声も聞こえそうだ。

これももう25年前の主張ですしおすし(2000年)。

 しかし、インターネットの公共性は表面上では高まっているもののディープウェブ等は除くとして)、やはりそれは「公共の場」とは未だに性質を異にしていると思われてならない。それは公園広場や、駅のコンコースと同等ではない。

 私はプラットフォームを街、そこに集まるアカウントをそれぞれの家と見做している。私のチャンネルが「好事家ジェネの」、サブチャンネルが「好事家ジェネの隠れ家・・・」という名前なのも、その発想に由来する。

 それぞれの家には鍵が掛かっていたり掛かっていなかったりして、扉を解放している御宅には自由に上がり込むことができる。その時の家、つまりアカウントやチャンネルは、確かに公共パブリックに開かれている。が、そこで第一に優先される掟はあくまで家主────すなわち運営者の意思だ。各家には独自の習わしと、「ノリ」がある。それが合わなければ、来訪者は黙って去るのみだ。

 街全体の風紀を著しく乱すと見做された場合は、家ごと追放される────垢BAN(アカウント停止)の処置を取られるが、基本的に家の雰囲気(アカウントの方針)は、家主の決めるしきたり(アカウント主の意向)によって保たれる。それを不満とするのは、他人の家に突如乗り込んで、思い通りのもてなしや気遣いが受けられなかった、と子供のように癇癪かんしゃくを起こすようなものだ。

仮想空間にユーザーが家を持つことができた超初期のソーシャルネットワークサイバータウン」。
1995年から約20年ほどサービスを提供していた。(旧サイト:WaybackMachine

 しかし世間では、自身に開かれているものはすべて自身が意見主張が傾聴されてしかるべき領域テリトリー────公園広場であると見做す層もあるようだ。インターネットがもはや一般のインフラと化してしまった今では、それを公共空間のように捉える人がいてもおかしくはない。

 そういう人には、私のYouTubeチャンネルやSNSの発言が一般に公開されているのにも関わらず、見る者を選別したり視聴者の意向に沿わないことを、矛盾だと感じられるだろう。

 

 

 

 望まぬ人にまで情報が届く「事故」を減らすため、利用者の少ないプラットフォームを利用する手もあるかもしれない。しかし先程、砂金探しに例えたように、この俗世にあって愛する芸術を同じくする同志の存在は、類まれなる金のようなものであるから、掬い上げる砂礫されき、つまり閲覧者の母数は多ければ多いほど良い。数打ちゃ当たる戦法である。

kotobank.jp

 何より私は、かつての自身の視野の狭さを痛感しているからこそ(今もだが)、敢えて人気メジャーなツールで発信する重要性を感じている

 今でこそ、欲しい情報に能動的かつ効率的に接触アクセスできるようにもなったが、昔の私の持ちうる調べ物の手段と言えば、地元の小さな図書館と、Yahoo!検索くらいなもので、そこから奇妙ビザール憂鬱メランコリックな文化に触れることは至難の業だった。

 的確な用語ワードを知っていればもう少し活用もできただろうが、例えば「ゴシック」というキーセンテンスで簡単に検索可能であろうところを、「古くて暗い雰囲気」「吸血鬼みたいな」としか形容できなかったり、知識が乏しすぎるあまり、どこから手を付け何から学べばよいのか、まるで分からなかった。その時の、この世に馴染めないながらも束の間逃避できる場所さえまた存在しないのではないか、という絶望感、感性の飢えは、筆舌に尽くしがたい。

dilettantegenet.hatenablog.com

 そして今なお、そんな人は日本中に、世界中に点在しているに違いないと思っている。けれど、今時誰もが知るYouTubeやX、InstagramTikTokといったプラットフォームなら、高度な検索技術を持たない人も使っているのではないか。それこそが、私が普段少数派の肩を持ちながらも、極めて大衆的なツールを利用しているという相反した行動の理由だ

 また、絶望が日々ジワジワと心身を蝕み、その活発な働きや複雑な思考を奪おうとも、それらプラットフォームは極力敷居が低いものであり続けてくれるだろう。私も、神経が衰弱した時はつい際限なくSNSなぞ見てしまうし、逆にSNSなら辛うじて楽しむことができる、というような状態を経験する。

 孤高を標榜しながら明朗オープンかつ友好的フレンドリーなキャラクターでいる矛盾も、全ては君に恐れずに興味を抱いてほしいからだ。私は、今日も布団の中で震えることしかできなかった弱い君を、切れかかった蛍光灯の下、深夜に黙って涙を流す不器用な君を探している。下品でけがれた屋外になんか、出なくたっていい。君が己の安らげる箱庭に辿り着くための鍵は、私がインターネットに、無数に無料タダでバラ撒いている。

 何度でも言おう。君の孤独は、かつての私だ繊細な君に寄り添ってくれる一冊の本は、優しい君の友となる一本の映画は、君のやるせなさを代弁してくれる一枚の絵は、必ず、必ずある。

「芸術の役割は、神的な媒介である。あるいは、二つの存在を結合させ補足し合う引力でもある」

────ジャン・デルヴィル

 

 

 

 だがこうして同好の士を集めながらも、時として視聴者につれない態度を取ったり、動画では嚙み砕いてものを話そうと努めているように見えて、寄せられた質問には突っぱねた態度をとることもあって、これらについても併せて弁明をしておく必要があるだろう。

 理由はふたつ、館内の調和を守るため、そして君を本当に救うのは私という俗人ではなく、文化の懐の深さだと考えているためだ。

 先述の通り、私は自身のチャンネルやSNSを自宅のように捉えているので、応接間サロンに人を招き入れ、そこでの盛んな交流を推奨するものの、雰囲気を解さない来賓に対しては一言申し伝えるのが家主の義務と考える。特に私の扱う風変わりなコンテンツは、誤解や偏見の目で見られたり、軽薄な好奇心や無知の嘲笑に消費されることも多い。ゆえに、通常の御宅────チャンネルよりも、来訪者の言動に関しては神経質になるし、物言いも厳しくなってしまうことがある。そしてすべては私が人付き合いが下手くそであることに起因する。

 また、我々の苦しみを真に理解し受け止めてくれるのは、何処かの誰かでは決してない。他人の生き方に前向きな影響を受けるのは殊勝なことだが、他人の存在そのものに心のよすがを作ってはならない。それはいつか必ず破綻する宗教だ。失望ばかり繰り返されるカラクリに自ら陥る、自傷行為だ。

 サルトルは戯曲『出口なし』の中で、「地獄とは他人のことだ」という台詞を書いた。世間でもよく「ストレスの原因の9割は人間関係」と言われるが、我々の絶え間ない苦しみは、もっぱら他者との関係性の中に生じる。

 君がいつまでも苦しいのは、他人そのものに希望を見出そうとしているからではないか。

 よって、私は私自身をアイドルのように持ち上げる人に対しては、方向性を改めていただくようお願いすることがある。そして質問を寄せた人に対し時に「ggrksググレカス」まがいの返答をするのは、自力で調べ見識を深めていく技量を身に付けない限り、刹那的な流行ブームと資本主義の広告コマーシャルに擦り切れてゆくばかりだと考えるからだ。

 以上のような意図を知らない者の目には、私の態度は、動画のキャッチーさと矛盾した不親切で不愛想なものとして映ることだろう。

ja.wikipedia.org

 電子の応接間サロンで疲れた魂を一時休め、心惹かれる文化を見つけたなら、気にせず館を後にしてほしい。そして好奇心の赴くままに、文化の無限の宇宙を逍遥しょうようしてほしい。

 私はあくまで、その入り口に佇む水先案内人だ。いつか必ず別れを告げられ、忘れ去られるだろう、記憶の何処かに刹那通り過ぎただけの、色褪せた旗だ。

 

 

 

 そういうワケで、私のチャンネルや私の活動は、傍から見ればどれも大いに矛盾を抱えているために、均衡バランスに四苦八苦しながらもよくここまで来たものだと、最近思う等していた。たまに均衡バランスを崩して怒られが発生するが。

 私は江戸川乱歩中井英夫や、澁澤龍彥や種村末弘や、日夏耿之介生田耕作など、先人が築いた異端の美学の薫陶を受けて来たし、それらを何より評価する者だが、彼ら全員が自らを正当と確信し世間と対峙していたのかといえば、そうでもない気もしている。むしろ俗世を倦厭けんえんし、そこに己の居場所はないという失意が少なからずあったからこそ、不可侵の聖域、自らの夢幻の王国としての文芸を、毅然と打ち出したのではないか。

「乱歩が愛した人外にんがいという言葉、二度と再びどんな形でもこの世に生を受けたくないという決意の上にしかユートピア築かれよう筈がない」

────中井英夫流刑地にて──ホモ・セクシュアルについて』

 葛藤コンプレックスのない場所に、強靭な独立の意志もまたないように思われる。私のチャンネルという領域テリトリーが排他的な性質を帯びがちであるのは、私の純粋な好奇心と同志への思慕、反する虚無主義ニヒリズムが────あるいは第19書簡「さらば、90年代」にて批判しながらも未だ完全に脱しきれていない冷笑的な性格が、激しく拮抗しているからかもしれない。

 それが、表現の分かりやすさ、理屈の単純さこそ優先される現代では、人間臭さ、複雑な面白みではなく、ただの「矛盾という誤り」としてしか評価されないだろう。

 当然そうした評価を甘んじて受け入れるつもりもないが、それに対して正面切って抵抗することもまた、私の計画するところではない。私は寺山修司唐十郎や、若松孝二大島渚横尾忠則赤瀬川原平らの反骨カウンター精神にも大いに刺激を受けたが、彼らの好戦的アグレッシブな戦い方が今の時代に通用するとは到底思っていない。怒り、抵抗、挑発、暴力、全共闘の時代には有用だったこうした若者言語は、内容の是非に関わらず、現代ではただ反感と冷たい視線を買うだけに終始するだろう。若い戦士のごとき真直ぐな闘志ただひとつを貫くだけでは、この時代では戦えない。現代には現代の戦い方がある。

 ここでも我々は、幼子のような好奇心と、老公の持つさかしさという矛盾した両面性を持つべきなのである。

 

 

 

 YouTubeを中心として増築を続けている文化の箱庭が、両価値アンビバレンスな狭間で危ういグラつきを続けていることに、今後も戸惑いや批判の声を受けることと思う。しかしこの歪みこそが、今後ますますあらゆる表現と人間精神が平面的、脊髄反射的な単調さを極めてゆくであろう時代に、反時代的アナクロな愉悦として残るに違いない。何でも生まれてこの方、我々の魂はいびつであったのだから。

 失った双子、魂の片割れである君を探して惑乱し、揺れ動く。その二極を行き来する激しい痙攣を、時に情熱と、呼び間違えてみたい。

「うまれたときから日蝕だつた

 血走つた片眼の太陽だつた

 唇を抑へて生きてきたんだ

 不毛の丘に腰をかけて(ああ己の長い脛)

 それでも 遠く

 暖かい海のあることは知つてゐた」

────中井英夫『弔歌第三番──われを弔ふうた』

第46書簡「夢うつつを旅する男」

 先日、YouTubeの動画にて、あるネイルポリッシュの紹介をした。

 何でも、江戸川乱歩の作品世界をオマージュしたマニキュア、ということらしい。『人間椅子』『パノラマ島綺譚』といった主に初期作品が、めいめいに想像される色合いで、羽ペン風のカラー剤として再現されていた。

 私はお洒落に滅法めっぽう疎いので、撮影前まで「マニキュア」と「ネイルポリッシュ」の違いすら知らなかったのだが、「マニキュア」とは本来指先のケア全般を指す言葉で、爪に塗る液体カラー剤は「ネイルポリッシュ」と言うらしい。

 以前、第38書簡「脳天に戴く死骸」にて、髪や爪の手入れメンテナンスにようやく注意するようになった経緯いきさつを綴るなどしていたが、普段あまり馴染みのないモノを触ってみる体験は、何であれ愉快であった。

dilettantegenet.hatenablog.com

 動画を作るにあたって、久しぶりに江戸川乱歩の作品を読み返していた。

 明智小五郎が登場するいわゆる探偵モノ、ミステリーの類はあまり熱心に読んで来なかったが、怪奇小説、幻想小説に相当する短編なぞは、例に漏れず学生時に耽読しており、その官能的エロティック頽廃的デカダンな境域を覗き知った当時の背徳感や優越感なぞを思い出して、懐かしいような、こそばゆいような気分にひたっていた。再読であったため、また動画の制作スケジュールが押していたために殆どは軽い流し読みで済ませたが、そんな中、『押絵と旅する男』の冒頭文で、私は視線を止めざるをえなかった。

「夢が時として、どこかこの世界と喰違った別の世界を、チラリと覗かせてくれる様に、また狂人が、我々の全く感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那いっせつな、この世の視野の外にある、別の世界の一隅を、ふと隙見すきみしたのであったかも知れない。」

 要は、以降に続く物語は夢かうつつか……という書き出しなのだが、かつては何とはなしに読み飛ばしたこの冒頭文が、当時とは比べようもなく、今の自身に響いて来たのだった。

www.aozora.gr.jp

 

 

 

 第43書簡「眠りの血判状」でボヤいていた通り、私はこの世に目覚める才能が著しく乏しい。時間が許せば2度寝3度寝と、再現なく布団という名の牙城に帰還してしまう。けれど当然ながら眠れば眠るほどに睡眠は浅くなるもので、この浅い眠りの間に、妙に現実的リアルな夢をよく見る。

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 その夢には感覚がある。聴覚は勿論、触覚も味覚も嗅覚も大変ハッキリと感ぜられる。自分の意思で動くことができ、登場する人物も妥当な行動しか取らない。それは自身が目を覚ましているとしか思えない、あまりに生々しく、具象的で理性的な、もうひとつの現実・・・・・・・・だ。

 写実がすぎるので、混乱を招くことも多々ある。その昔、家の金がなくなるという事件があって、私が犯人に疑われたことがあった。金を盗むようなことは断じてしていなかったが、「瓜田かでんくつれず、李下りかに冠を正さず(畑で靴を履き直せば瓜を盗むと疑われるし、木の下で被り物を直せばスモモを盗むと疑われる)」というやつで、当時素行の悪かった私がいくら無実を訴えようと無駄であった。散々に説教を食らい────それが随分と悔しかったのだろう────その晩、無くなった金が封筒に入って家の抽斗ひきだしに隠されているのを発見する、という夢を見た。

 その記憶は、あまりに詳細がすぎた。抽斗ひきだし把手ハンドルを握った時の感覚も、中に収められた雑多な筆記具や便箋の色も数も、その上に置かれた金の入った長形4号の封筒の、間の抜けた白々しさも、全てが現実としか思えぬ質感と存在感をたたえていた。

 私は目覚めてから夢の出来事をすっかり本当だと思い込んでしまい、親に事態を説明し、当の抽斗ひきだしを意気揚々と開けて見せたのだった。当然、そこに金はない。余計に大目玉を食らったのは、言うまでもない。

「人間は、自分の真情を吐露しようと欲することにおいて、罰せられている」

────原田統三『二十歳のエチュード』

 そんな、意識を取り戻してから真実だと妄信してしまう夢を見る機会が、昨今やけに増えた。

 目が覚めてから「あれは夢だったのか」と認識できるのは、大抵、夢が素っ頓狂な内容であったとか、中途半端なところで尻切れトンボになるためである。しかし、そのあまりに細密な夢は、目が覚めるほんの一秒前まで一切の齟齬をきたすことなく連綿と続くので、眠りと覚醒の明確な線引きをする前に、夢が現実の記憶として頭の抽斗ひきだしに紛れ込んでしまうのだ。

 最近は起床してから、抽斗ひきだしの整理に苦労することが多い。

 

 

 

 眠りが浅いのかもしれない。日夜インターネットで遊びすぎているのかもしれない。

 自身がアップロードした動画に投げ掛けられるコメントが、本当に何者かによって書き込まれたものなのか、時折疑わしくなる。これは無作為アトランダムに浮上した、偶然に意味を成しただけの文字列なのではないか。液晶画面スクリーンの向こうには、誰の、如何なる意思も存在せず、コンピューターの2進数────0と1という数字の羅列が、たまたま脳のアドレナリンの分泌に作用しているだけではないか。

 そうしてたまにオフイベントを開催して、視聴者を名乗る実在の人物を目の前にするたび、ホッとするような、何だか幻を見ているような気分になりもする。(来てくださる皆さん、いつもありがとう)

 アンチコメントにも、不思議な思いを抱くことがある。第37書簡「愉快で楽しい悪口」に書いた通り、人を褒めるのが難儀であるのと同様に、人を上手くそしり貶めるにも、深い知識と高度な技術テクニックが必要だ。そして貴重なそれらを駆使するのが、味方を得る甘言を練るためならいざ知らず、目撃者の感情を刺激しやすく敵も作りやすい誹謗中傷のために駆使するというのは、全くもってこの世の損得勘定では計り知れない奇行である。どう考えても、狂人の所業である。

 しかし、そのアンチコメントというやつに、時折私は現実への懐疑心を抱かされる。

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 例えば以前、細部は失念したが、「この人本当は50歳のオバサンなのに何でこんなことしてるの?」といったような書き込みがあった。自分に年齢の呪いを掛けることなく、幾つになろうと好きなことをすれば良いとは思うが、莞爾かんじとなりながらそのコメントを削除しかけて、私はふと真顔になったのだった。

 自分は今、自分を何歳だと認識している。身分証明書にも、何年何月何日生まれだということが記録されている。でもそれはあくまで、私が現実だと思い込んでいるにすぎない架空の現実であって、例のコメントを書き込んだ人にとっては、50歳の私こそが本当の現実だったのではないか、と。

 彼は別段、事実を捻じ曲げてまでして私を傷付けようと画策したワケではなかった。ただ、50歳の人が唾を飛ばしながらYouTubeでよく分からないことを捲し立てている、その状況に困惑し、コメント欄の片隅に、一時の戸惑いを綴ってみただけなのかもしれなかった。

 それはまさに乱歩が、「狂人が、我々の全く感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに」と書いた通りのことだ。私が現実だと信じ込んでいる視座だけが現実ではない。狂人には狂人の現実がある。むしろ狂人の現実こそ現実リアルで、私が信じ込んでいる現実はフェイクなのではないか。否、本当は私が狂人だと断定した彼こそが真人間で、ありもしない妄想を膨らませている狂人は、むしろ私の方なのではないか。

「考えてくれ、いまの時代で、気違い病院の鉄格子の、どちらが内か外か。何が悪で、何が人間らしい善といえるのか。」

────中井英夫『虚無への供物』

 

 

 

 自分の認識している世界も、自分存在すらも、本当は非・現実的なものなのではないか。そういう思いに捉われる度、『天使のたまご』というアニメ映画を思い出す。

 マニアックながら愛してやまないカルト映画として、過去にYouTubeで大いに好き語りさせてもらったが、今年に入って4Kリマスター版の制作が決定したり、カンヌ国際映画祭に出品されたりと話題になったため、知名度はかつてよりも高まったかもしれない。

youtu.be

 その映画に登場する、名もなき青年の、印象的な台詞がこうだ。

「夢だったのかもしれない。君も僕も、あの魚たちのようにとっくにいなくなってしまった人たちの記憶でしかなくて、本当は誰もいない世界に雨が降っているだけかもしれないんだ。」

────『天使のたまご』

 自分は、この世に存在していないのではないか? 自分が目にした「君」や魚は夢だったのではないか? と問うている。

 あくまで上記は、作中の青年が抱える虚無感の表現にすぎない。しかし現実の我々が青年と同じことを呟こうとした時、「自分というネガティブな虚構 ⇔ 雨が降るポジティブな現実世界」という二項対立を思い描き、青年のようにうなだれる必要はきっとない。

 我々が現実だと思っているものが、仮に虚構にすぎなかったとして、では一方で雨の降る世界こそが現実なのだと認定されるワケでもまたない。どちらも現実かもしれない。あるいは、どちらも夢かもしれない。そしてどちらであったところで、そこに上下関係はないし、価値の差もない。

 それは、昨今私がよく見る、境界の引けない夢のようなものだ。

 私と狂人が、目にしている現実は全く違ってしまっているのに、同じ世界線に立脚しているようなものだ。

 

 

 

 以前、第八書簡「遥かなるかな、故郷」にて、我々の心休まる故郷は、古本のページの合間に、テレビ画面の向こうに、安っぽいシャンソンの中に、いつか見た油絵の中にあると書いた。それは、現実から架空世界フィクションへ逃避するという意味ではない。目の前の現実から、また別の現実へ移行する、ということだ。

dilettantegenet.hatenablog.com

 夢は、取るに足らない空虚な想像イマージュではない。それはもうひとつの現実だ。夢とうつつを分断するから、混乱という認知の戦争が起こるに違いないのだ。誰かにとっての虚構は、誰かにとっての確かな現実だ。無数に並行する現実の間に無理くり境界線を引いて、わざわざ自閉してしまうから、うつつに愛想を尽かして「向こう側」に行ってしまおう、なんて、面倒な逡巡や最期の仕事も増えるのだ。

 重いまぶたを持ち上げられないままに、布団の中で考える。

 薄ぼんやりしながら、狂人と戯れながら、夢とうつつの判別も付けないままに、その合間を、あるいは両方共を自由に旅するのが、きっと丁度いい塩梅なんである。

 乱歩の『押絵と旅する男』でも、兄は押絵の世界に、ああも簡単に踏み入れていたのだし。

 

「夢は第二の人生である」

────ジェラール・ド・ネルヴァル『オーレリア、あるいは夢と人生』

 

第45書簡「嫌い!嫌い!大嫌い!」

 20世紀、R・D・レイン(ロナルド・ディヴィッド・レイン)という精神科医がいた。

 「反精神医学」の取り組みなんかで知られる人で、ざっくり言えば「精神病なぞ存在しない。それは社会にとって不都合な人材に対して貼られる身勝手なレッテルにすぎない」というようなことを主張していた。それまでの精神病────特に統合失調症患者というのは、世間から隔離され入院施設で治療を試みられてきたが、レインはそうした患者の扱いに異を唱え、医者と患者の対等な共同生活の中で、むしろ狂気を狂気だと断定する社会や地域の意識の方こそを変えようとしたらしい。

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 反精神医学が提唱された1960年代が、世界的な対抗文化カウンタ-カルチャーの時代だったことを鑑みれば、この運動もまた従来の社会体制への批判、階級闘争の側面を持っていたことは、容易に想像ができる。医者と患者間の絶対的階層構造ヒエラルキー、資本主義の合理性にそぐわない人間の非倫理的な排除────こうした矛盾と差別に、精神医学の分野でも抵抗カウンターの波が起こっていたワケだ。

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 以上のようなことを、私は寺山修司唐十郎に代表される日本の60年代アングラを学ぶ中で知ったために、若干導入が冗長になったが、このR・D・レインという人物、日本においてはどちらかと言えば歌謡曲やゲームといった、もう少しポップなサブカルチャーの分野で有名である。

 彼の著書に、『好き?好き?大好き?』という詩集がある。

 サブカル好きには今更説明するまでもないかもしれない。

 戸川純が1985年に発表したアルバム及びその収録曲「好き好き大好き」の命名元であり、今なおカルト的人気を誇る90年代のメディアミックス作品『serial experiments lainシリアル・エクスペリメンツ・レイン』の一モチーフであり、これまた鬱ゲーのひとつとして一部でカルト的知名度を誇る90年代のフェティッシュ系アダルトゲーム『好き好き大好き!』の元ネタだ。

 この『好き?好き?大好き?』という書名は、詩集に収録された一作品のタイトルから来ている(つまり表題作というやつ)。原題は "Do you love me?(私のことが好き?)" という至極簡潔シンプルなもので、『好き?好き?大好き?』という日本語タイトルは訳者の村上光彦氏による完全な意訳なのだが、河出書房新社版の解説にて、にゃるら氏はこれを「日本語訳の方は反芻させることで生まれた狂気性を感じさせている」と高く評価する。

 にゃるら氏と言えば、2022年に大ヒットしたシュミレーションゲーム『NEEDY GIRL OVERDOSEニーディーガールオーバードーズ』の企画、シナリオ担当として昨今は広く知られているが、本書はこのゲームの主人公のキャラクター性にも強く影響を与えたと、彼のブログに綴られている。

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 『好き?好き?大好き?』はどのような詩なのか。それは「彼」と「彼女」の質疑応答の形で展開される。参考のため、冒頭の一部を引用してみる。

彼女 「好き? 好き? 大好き?」

彼  「うん 好き 好き 大好き」

彼女 「なによりもかによりも?」

彼  「うん なによりもかによりも」

彼女 「世界全体よりもっと?」

彼  「うん 世界全体よりもっと」

彼女 「わたしが好き?」

彼  「うん きみが好きだ」

────R・D・レイン著, 村上光彦訳『好き?好き?大好き?』河出書房新社 (2023) p.152

 「彼女」から「彼」に対して投げ掛けられるのは、ただただ「貴方は私のことが好きか?」という確認だ。そして「彼」が「彼女」に返すのは、ただただ「僕は貴方のことが好きだ」という肯定だ。このやり取りが、趣向を変えながら何と5頁に渡って延々と繰り返される。最後にはまた「彼女」が「好き? 好き? 大好き?」と伺っていることで、この対話は永遠に循環ループすることが予感される。

 読んでいて気が付くのは、実は「彼」は「彼女」の言葉をそのままオウム返しにしているだけ、ということだ。このやり取りの中では、尋ねている側は拳銃ピストルを突き付け、尋ねられている側は両手を上げて無条件降伏をしている人質だ。まさに、戸川純が曲の中で「♪愛してるって言わなきゃ殺す」と歌っている場面の如きである。

 勿論「彼」は、言葉を工夫して、「彼女」のどのような部分が自身にとって如何に魅力的なのか、説明することができる。だがそれには限りがある。今この瞬間の「彼女」を構成する要素は、有限だからだ。もしその全てを指摘し終わったならば、後はそれぞれの要素に対する言い回しを変形させていく他ない。そうした状況に至った時、「彼」側から発することのできる愛の言葉は尽き、「彼」は熱意を問われる度に、もはや機械的な首肯しかできなくなる。

 また同時に「彼女」も、いくら尋ねたところで一向に満足感を得られていないことが、詩文を通して伝わってくる。「自身は愛されていないのではないか?」という不安に振り回され、潜在的幼児性暴力癖を誘発」戸川純しているだけだ。仮に、「彼」が一時的な処方箋として胸中の具体説明に尽力したとしても、「彼女」の不安が消えることは恐らくない。何故なら、そこには誰もが知る普遍的な────愛の量は目に見える形で計測できない、という揺るぎ難い事実が横たわっているからだ。
 実は「彼女」は、「愛されているかどうか」で不安になっているのではない。愛は測ることができないという如何ともしがたい現実によって、不安に陥れられている。

「恋愛の、偉大にして唯一の独創は、幸福を、不幸と見分けのつかないものにしてしまうことである。」

────シオラン『告白と呪詛』

 

 

 

 そして以上のような災難が、他人に愛される機会が何処までも限りなく異様に概して少ない我々のような鼻つまみ者にも、時として降りかかってくることがある。

 凡そ我々のような僻者ひがものは、現世に居る間のせめてもの慰みとして何らかの趣味に興じていることが多いが、趣味に自身を愛してもらう必要はないとして、しかし自身が趣味にどれほど愛情を注げているのかという審査ジャッジに、時に晒されることがある。

 殆ど自慰行為と唾棄しても良い「趣味」という内向的遊戯に掛ける情熱の量など、本来なら顧みるようなものではない。しかし現実世界リアルであれ仮想世界バーチャルであれ、その実態が誰かしらの目に触れた時、否応なしに相対化がなされる。分かりやすく言えば、何かや誰かとの比較をされる。そんな時、「なによりもかによりも」その趣味に没頭できているのか否かという、愛の総量を測られることになる。

 試しに、自身の愛を言語化してみる。どこかで必ず、言葉が尽きる瞬間が来るか、あるいは、同じような内容を表現を変えて繰り返しているにすぎないことに気付く。そんな時、対象への自身の愛の総量に不安を覚える。「世界全体よりもっと」それが好きであったはずなのに、「あれ、こんなモンだっけ?」と、急な虚しさに襲われる。

 そうして段々、世間から投げ掛けられる「貴方はこれがこんな風に好きなんだよね?」という確認の言葉に、オウム返しをするしかなくなる。インターネットに書き込まれた、どこの誰のものだかも分からない言葉を、そのまま自分の好意的感想として流用するように。SNSにぶら下がるコメントに、無難に「分かる」としか返信しなくなったように。世間は「彼女」で、貴方は「彼」だ。dilettantegenet.hatenablog.com

 さらに、協調性に欠くどころか興じる趣味内容も悪質な我々のような偏人は、社会からは本来排除されるべき者だ。社会の健全な機能を阻害する、「病人」である。かつてR・D・レインはそうした旧体制の持つ疎外性を批判したワケだが、現代においても時折立ちはだかる「社会=善/はみだし者=悪」のような構造の前には、我々は「そもそも私のような逸脱者が、社会側に属しているそれを愛しても良いものか?」という不安にさえ駆られることがある。

 これら葛藤はすべて、「好きと言わねばならない」という強迫観念に囚われた時に「しかし好きという事実、好きの総量を表現しきることはできない」という絶望的事実が立ち上がることによって起こる。

 ならば逆に、「嫌い」を徹底主張すれば良いんじゃあないか。

 

 

 

 先述のレインの詩『好き?好き?大好き?』では、実は4か所、他とは異なる性質の問答がなされている。

 「彼女」が、「わたしのこと おばかさんだと思う?」「わたしといると退屈になる?」というような、自身を否定するような問い掛けをするのである。それに対して、「彼」は「そんなことないよ」と戒める。これは他の部分の「私のこんな箇所が好き?」「好きだよ」というやり取りと対応させると、「私のこんな箇所が嫌い?」「嫌いじゃないよ」というやり取り、ということになる。

 つまり、「自分はそれが嫌いか?」と問い続けていくことで、残ったものを確実に好きと主張することができる。少なくとも、嫌悪する程ではない平穏フラットな性質のものであるという、安心感を与えることができる。

 この手法は、「社会=善/はみだし者=悪」のような構造の前にはどうしても悪者側にならざるをえない我々にも最適だ。

 我々が悪趣味なのは、巷に溢れる事物にまるで感性が迎合してくれないせいである。即ち、世の中の殆どのものは大抵「嫌い」なんである。それでも日頃、数少ない「好き」にすがってやり過ごしてはいるけども、先述の如く好きの総量を推し量られたり、その非生産的な反復リフレインを強要された時は、我々はこう主張したい。「あれも嫌い!これも嫌い!それもそれも大嫌い!」と。

 我々は博愛主義の聖人君主ではない。愛する労力と時間には限りがある。だからこそ、終わりのない「好き?好き?大好き?」の循環ループに貶められる前に、好きではないものは片っ端から断固拒み続け、それでも残ってしまったわずかなものこそを、かけがえのない「好き」として抱き締める側にいたい。彼是あれこれに気安く尻尾を振らない硬派な精神は、趣味人の気高さと心得るべし。また「嫌い」と口に出せば角は立つけども、すでに自身が「はみだし者=悪」として認識されてしまった環境でなら、例えそれ以上悪者になったところで困ることなど何もない。

 

 

 

 拳銃ピストルを突き付けられて「どこが好き?」と尋ねられたら、「これが嫌い!あれも嫌い!」と朗らかに述べよう。それは、君になら殺されても良いという、究極の愛の形である。そうして殺伐たる押し問答を繰り返した先に、何にも誰にも傷付けられることのない金剛石ダイヤモンドのような、絶対的な「好き」があるに違いない。

 あとは、こうも思ったりする。「アンタも嫌い。アンタも嫌い。でもアンタだけは好き」って言われたら、何だかそっちの方が嬉しいんじゃあないか、とも。

「愛する術を知ること‥‥それは詩が知ろうとし、 知らせようとする以前に為すべき重要なことである。」

第44書簡「ファッキン・カントリー」

 東京に何年も住んでいると、定期的に周囲の誰かしらがこういうことを言い出す。

「東京は疲れた。田舎で暮らしたい」

 この「田舎」とは、出生の地というより、未だ都会化していない静かで辺鄙へんぴな地域を指している。

 人混みに揉まれ、その野牛の群れの如き速度に急き立てられることなく、朝は小鳥のさえずりと、高層建築ビルに切り刻まれることを知らぬ太陽の染み入るような光と共に起床し、人付き合いもほどほどに、土の臭いとせせらぎの音を友として、山肌の移り行く色合いに遠く思いを馳せたりしながら、星明りだけが確かな夜に、蛙や昆虫の唱和を枕にしつつ眠りに就く────都会に忙殺され疲弊しきった心身を、その閑雅かんがなる営みによって癒したいという。

 そういう戯言たわごとを聞かされる度、私は馬鹿抜かすんじゃない、何のためにあの没趣味で無風流、反吐が出るほどに退屈で低俗で凡庸な郷里を飛び出してきたか、と鼻息荒くする。

 我々が青春を掛けるに値すると飛び込んだのは、石礫いしつぶて飛び交うが如き苛烈な情報の渦中で、このひりつくような美意識を如何に斬新に鋭利に研磨しうるかという競争コンペティションではなかったか。間違ってもそれは縁側に腰掛けて、遠く田畑を眺めながら垢染みた襤褸ぼろ布で庭石を磨くような、長閑のどかな情景ではない。これは高尚たれと張り詰める神経の一切の弛緩を許さぬ修行、病める魂の孤独な求道である、云々。

これが虚無である。

 また「田舎で暮らしたい」という吐露が、「生まれ故郷に帰りたい」という意味合いであった時には、そこに自然豊かな光景を重ねて良いものか、とも喚く。

 なァにが「♪兎追いし かの山~ 小鮒こぶな釣りし かの川~」であるか。如何なる責任も負わない幼少時の気楽さと父母への思慕を、妄想の村落に仮託することなかれ、それは白痴的倒錯である。志を果たして至るは新たな精神の境地であって、断じて田園風景ではない。我々は山の青さより、フェルメールの青を称賛する者である。水の清さより、現世の汚辱を悦ぶ者である。そして父という存在をすっぽり忘れ、母を際限なく憎む者である。

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 そもそも振り返ってみれば、故郷に居た幼少の時でさえ、我々は絶えず憂鬱で深刻であった。あの暗黒の時代の記憶を、陳腐な美談に改竄してしまうのは、楽観バイアスという他ない、云々。

“Nature imitates Art.”

(自然が芸術を模倣する)

 そんなこんなで、毎度ヒステリー患者の如く癇癪かんしゃくを起こしてはみるものの、共感の余地もないとはまた言い切れないところに、昨今屈辱を覚えている。

 

 

 

 稲穂の青海原は見飽きたが、黄金の麦畑を想像すると鼻歌が漏れ出づる。茅葺かやぶき屋根の古民家で囲炉裏いろりを囲むのは御免だが、万年草セダム鼓草タンポポの生えた三角屋根の小屋で、煉瓦レンガ造りの暖炉になら当たってみたい。浅井忠の《春畝》もミレーの《落穂拾い》も農村の仕事風景であることに変わりないのに、後者に牧歌的浪漫を錯覚するのは何たる不見識ミーハー

 こう顧みてみると、都会に対する田舎を敬遠しているのではなく、日本の原風景を恥じ西洋のそれにあらぬ幻想を抱くという、ただの西洋かぶれというのが実態である気もする。

浅井忠《春畝》(1888)とジャン=フランソワ・ミレー《落穂拾い》(1857)

 否! 我々は人工物を偏愛し、自然には目もくれぬ者である。平安時代に書かれたという日本最古の庭造りの指南書『作庭記』における、「人のたてたる石は、生得の山水にはまさるべからず(人が石を立てて庭を作っても、本来の山川の美しさには勝てない)」という言葉に異議を唱える。自然風景をそのまま再現しようとする日本式庭園より、ヴィスタ Vista と呼ばれる左右対称シンメトリーを良しとする景観構成手法に則って、植物を幾何学的に刈り込み徹底的に整形し尽くしたフランス式庭園暴力性サディズム、「死せる野」と揶揄された単調な律動リズムを敬愛する。

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 少し話は逸れるが、大昔に現代文の読解問題として、山本健吉の「日本の庭について」という小論文を読んだことがあった。その課題文の中では、非造型的な日本式庭園と造型的な西洋式庭園の差異は、両者の自然観の違いに起因している、というようなことが書かれていて、学のなかった当時(今もだが)はナルホドと膝を打ちいたく感心していたのだが、今になってよく考えてみれば、この二項対立は暴論のような気もしている。

 何故なら、イタリアやフランスは兎も角も、例えばイギリスなぞは、自然美を庭園に落とし込もうとするような、日本の庭園と近しい方法を取ることもあったからだ。 

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 日本では「イングリッシュガーデン」という呼称で触れることが多いイギリス式庭園は、確かにそれまではフランスのような様式を取っていたものの、18世紀に転機を迎えている。当時のイギリスでは、

  1. 啓蒙思想が後押しした過度な合理主義への反発が芽生えており、それに呼応するようにしてロマン主義が興っていた。
  2. 革命によって王権が倒れフランスの影響が弱まった。
  3. 古典文化や芸術を学ぶために「グランドツアー」と称してイタリアやギリシャを旅した上流階級の青年たちが、国外の峻厳で壮大な自然風景に感銘を受けた。

 以上のよう諸要素が絡まって、壮大で絵画的な自然風景を賛美する「ピクチャレスク Picturesque」と呼ばれる美的潮流ムーブメントが興っていた。それが、庭造りにも反映されたのだ。

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 日本式庭園の、景勝を縮小して取り込もうとする「縮景」、砂利で水流を表現する枯山水のような「見立て」といった手法は、そこには見当たらない。しかし、対称性シンメトリーを避け、不規則で変化に富む眺望を作り上げようとした点は、フランスよりも、日本の造園技法に近しいよう感ぜられる。

 そうしたことを踏まえつつイギリス式庭園を見てみれば、ウーンこれが美しい。権力的支配ディシプリンのにおいに満ちたフランス式庭園を愛しながら、その規範から解放されたイギリス式庭園にも心動かされてしまうとは何たる矛盾。これは日本の田園風景を唾棄しながら、西洋の農村風景に感銘を受けているのと同じ悖反パラドックスである。

日本に「○○イングリッシュガーデン」が多いのは日本人の感性に合うからなのか、雰囲気でそう命名されているだけなのか。

 クロード・ロランやウィリアム・ターナーらによる風景画にも、思わず目を止めてしまう瞬間を認める。ピクチャレスク的精神が垣間見えるそれらに描かれた見事な自然は、都会から遠く離れた、理想化された郊外である。

クロード・ロラン《岩のアーチと川》(1626-1630)

 こんな景色の中で、羊らの草む音を聞きながら、白詰草クローバーに覆われた川縁に腰掛け、帯革ベルトに挟んでいた黒麦ライ麺麭パンを齧る────と夢想をしかけて慌てて掻き消す。いやいや、そんな軟弱な想像イマージュに癒されて如何する。

「冷静になりましょう。カントリーなんて最悪ではありませんこと。こんなものは少女趣味とはいい難い脆弱なオバチャン趣味、幾何学的精神の欠片もない田舎者の悪あがきです。」

────嶽本野ばら『それいぬ』より「カントリーなんて糞くらいあそばせ!」
文芸春秋(2001)p.137

 上述のイギリス式庭園にしろ、それに影響を与えた絵画にしろ、そこには必ず機能性を欠いた装飾のためだけの建築物フォリーが存在している。それが廃墟の様相を呈していることもあるのは、グランドツアーで国外を周遊した若者らが、地方に点在する倒壊した古城や教会に感動し帰国後もその頽廃美を求めたからなのだが、そうだ、私は自然より、その猛威に覆われ、ともすれば朽ちている人工物のあはれ・・・に心惹かれているだけなのだ。険しい山々の雄大な眺めより、天を衝く邪悪な針の如きゴシック建築をやはり崇拝してならないのだ。

 ここまで言い訳をして、思い出す。そう言えばラファエロや、後世のユイスマンスユーゴーは、ゴシック建築について「アレはゴート族による森の暗喩メタファなんだ」というようなことを言っていたっけ。

 やんぬるかな!

"Retour à la nature.”

(自然に帰れ)

※ちなみにこの文明を批判し自然回帰を説いたこのルソーの有名すぎる言葉は、彼の著作にはただの1度たりとも登場しないらしい。

 

 

 

 だが「田舎に癒されたい」という願望をかつての王侯貴族も抱いていたことを思えば、気持ちも幾許かの凪を得る。私は身分と権力が何より好きだから。

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 18世紀、西洋で「ピクチャレスク」という自然回帰的な美的潮流ムーブメントが興っていたことは先程書いた通りだが、ルソーやギルピンらの自然賛美も後押しして、当時のフランス貴族の間では、「農村風」スタイルが流行していた。

 例えば、以下はマリー・アントワネットの有名な肖像画のひとつだが、この麦藁帽子に毛斯綸モスリンのゆったりとしたシュミーズドレス(フランス語では「シュミーズ・ア・ラ・レーヌ」)は、実は貴族による「なんちゃって農村風ファッション」だ。

「現実知らなさすぎ」と庶民がキレるのも分かる案件。

 彼女はまた、ルイ16世から与えられたプチ・トリアノンの敷地内に、「王妃の村里ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ」と呼ばれる村も建設している。農家に似せた別荘コテージや、酪農場、鳩小屋、風車などを備えたそこで、マリーは羊を従え乳搾りをして、農村暮らしの真似事をした。あくまでそれは貴族の「農民ごっこ」でしかなかったが、宮廷生活に疲弊した彼女の、束の間の休息のひとときではあった。

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 さすれば、ここに発想の転換の機を得ることができる。マリー・アントワネットは貴族でないが故に農村に帰りたかったのではない、生まれてこの方貴族だったからこそ農村を空想したのだった。我々もまた、「都会に馴染めないから田舎を夢見ている」のではない。「田舎を夢見るほどに我々は都会的になった」のである。それは地方に生まれた者が都会に順応したという意味以上に、我々が玉石混淆の知の狂騒、いびつで偏執的な好事家の理想世界へと極めて接近しているということだ。

 広大な自然が恋しくなるということは、愛する人工物に密に囲まれるという夢の環境を手に入れた証拠だ。草木の静寂の中に身を置きたくなるのは、日々無数の情報を嚥下して強靭な血肉としているからだ。

 何も自己否定することはなかった。全ては精神の苦行僧として理想を勝ち取って来た裏返しであった。目前の景色を徹底して暗く幾何学的にするほどに、夢の村落はその緑を深めてゆく。

 

 

 

 最後にもうひとつ、重要なことがある。冒頭で、

これが虚無である。

 と煽情的なキャプションを書いてしまったが、この「田舎には何もない」ことにこそ本当の全てが詰まっている、というような意見も一方であるに違いない。その価値観の前には、都会に溢れる雑多な娯楽、渦巻く流行、如何なる消費行動も、全ては「虚無」に等しい。田舎の、この「都会における価値の無効化」という役割こそが、最後に我々に必要なものだ

 頽廃的で倒錯的で偏執的なることを志す我々は、それらを至上の価値とする一方、同時にそれらが徹底して空虚であることを求めている。何故ならこの胸中の狂おしい情熱は、現世への嘲笑と諦念ゆえであり、情熱家であると同時に自身が虚無主義ニヒリストであることを、我々はいつ何時も忘れてはならないからだ。

 そんな時、長閑な田園風景を脳裏に浮かべる。否定しきれない大自然への淡い憧れに、我々は逆説的に道楽の道を究めつつあるという確信を得る。そして同時に、それが何世紀にも渡って「帰りたい場所」として美しいからこそ、我々は目前に積み重ね、手中に搔き集めたものたちが、ただ虚しさの影にすぎないことを知る。

 これこそが、田舎に憧れ、その閑静なることを求めても良い理由である。コンクリートに圧し潰されそうな狭い一室で、呟くように歌う。夢は今もめぐりて。忘れがたき────否、自嘲と自戒の鏡として、忘れてはならぬ。ふるさと。

「海も山もある故郷を、なにも無い街と呼んでいた。」

────細田高広による飲食店「五明」のコピー

 

第43書簡「眠りの血判状」

 けたたましいアラーム音がする。泥の中から引き抜かれたように意識が戻って来る。

 枕元で手を振り回して筐体スマートフォンを掴み取り、重い瞼をこじ開けて覗き見る。そろそろ動き出さなければならない時間。鉛のような身体を起こそうとして、いつものように眩暈と吐き気を覚え、不愉快になる。頭が冴えてくると共に、段々とその日一日の計画が思い出されてくる。今日はこの仕事をこなさなければいけない、あの勉強を済ませておかなければならない。家事もしなきゃいけない、合間に食事も摂らなければならない。

 暗雲が垂れ込めるように、気疲れしてくる。たっぷりと眠ったはずなのに、もう再び眠りに就きたくなる。億劫だ。何もかも面倒だ。どうしてこんな煩わしい彼是に、望んでもいないのに毎日毎日巻き込まれなければならないのか。

 目覚める度、こうした鬱然とした気分になって、起きることはますます嫌いになる。それをこの先も何十年も繰り返さなければならないのだから、もはや拷問と言うほかない。

 生まれてこの方、私は、気持ちの良い起床というのを味わった試しがない。

 



 誰にでも得意不得意というものがあるように、朝起きることが全く苦でない者と、そこに途方もない労力を要する者がいて、私は後者ということらしかった。そう言いつつも、社会は多くの人が朝から起動し夜に休息を取ることを前提に循環しているので、その律動リズムに迎合してゆかねばならない。ということで、私はこれまで、何とか楽に覚醒できる方法はないものかと色々と試して来た。

 日中に適度な運動をする。寝る前に湯船に浸かったり、電子機器を見ないようにする。目覚めたらまず水分を摂る。日光を浴びられるよう、寝る前に窓帷カーテンを開けておく。また睡眠は、「レム睡眠」と呼ばれる浅い眠りと「ノンレム睡眠と」呼ばれる深い眠りの周期で構成されているらしく、レム睡眠の最中は比較的すっきり起きられるというので、睡眠アプリを利用してみたこともあった。等々。

「昔、ある人に言われたことがある。魂の成長のためには、毎日、いやなことを二つ実行しなさい……。誰に言われたかは忘れたが、きっと尊敬できる人だったのだと思う。だから、私はその教えを几帳面に守り続け、朝には必ず起床し、夜には必ず就寝してきた」

────サマセット・モーム著, 土屋政雄訳『月と六ペンス』光文社古典新訳文庫

 効果はあまりなかったというのが正直なところだが、多少身体が楽かもしれない、と感じた朝も勿論あった。しかしいくら肉体的な負担を軽くしたところで、変わらない苦しみが何処までも存在することを、その時悟った。

 

 

 

 くも起床という行為が辛いのは、身体的なそれは勿論だが、「また一日をこなさなければならない」という心理的な憂鬱に多大な原因があるらしい。身体を起こせば、再び面倒な彼是と向き合う羽目になってしまう。それが嫌で嫌で堪らず、布団という牙城からいつまでたっても出られない。

 対策として、朝起きた時の楽しみを用意しておく、という手段を勧められたりもする。しかしそんな待ち望んだ褒美でさえ、起床時の苦痛には打ち勝つことができない。胸躍る予定だろうと、魅力的な約束だろうと、そこで厄介なことが起こるかもしれないという一抹の不安は否定できない。

 多少の苦い思いを、喜びと引き換えに吞み込める人もいるだろう。耐え忍ぶべきという人もいるだろう。けれど当方にはそれを豪語できる気力がない。

 愉快なことは起こらないが、苦しみもまた一切存在しない可能性ならば、その方が「一切の辛苦が存在しない」という点において完璧で、易しい。苦しみの可能性を無視し、楽しい出来事への期待のために起床したいと欲せるのは、快楽に全身全霊で没頭できる幼子か、被虐趣味マゾヒストであるよう錯覚される。

 そもそもどんな喜びのためにも、享受する手間を掛け、享受できる感性を保っておかねばならないことが面倒臭い。 気が付くとこの世に意識ある有機体として存在しており、死ぬまでにはまだ数十年掛かると思われたために、それまでの暇潰しとして娯楽を求めているだけだ。別段、娯楽のために生きているワケではない。

 だのにそれにまで労力を求められたら、ますます起きるのが、生きるのが億劫になる。

 知人と遊ぶ約束をする。遊ぶ楽しみよりも、寝坊する懸念が胸を押し潰して、悄然しょうぜんとしてくる。寝坊して痛い目を見るなら、例え寝坊しようと、誰にも叱られず、何も起こらない身の上でありたい。だから誰とも、何ともできるだけ関わりたくないと思う。

 時間を有意義に使うために奔走するのは荷が重い。かといって、何もしないと虚しさが募る。何をするのもしないもの、ただただすべてが面倒臭い。

 これらすべての懊悩は、目覚めることさえなければ生じない。寝床の中で意識を失ってさえいれば、我々を脅かすものは何ひとつ存在しえない。何も始まらないことの、何と暗く穏やかで優しいことだろう。その安寧は、布団にすっぽりとくるまった時の、あの一切の光が遮断されたぬくもりそのものだ。その暗がりで眠り続け、意識を取り戻さない限り、世界は一切の辛苦を内包しない、まったきものであり続ける。

 よってその世界を破壊する者は邪悪で憎むべきものである。耳元で喧しい蚊、卑劣なトコジラミ、安住を脅かす戦争、布団を引き剝がして叩き起こそうとする母親。

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 睡眠が日中元気に活動するための心身の回復手段と見做されるのは、納得がいかない。嫌々ながらも起きて活動をするのは、より上質な睡眠のため、昨日よりもできるだけ長く深く気絶するためである。

 マックス・ヴェーバーも言っている。「生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療」と。意識があることで我々はくだらないことに白痴の如く狂喜乱舞し、考えても仕方のないことを考えて悩み、心身を無下に摩耗させていく。それも低俗で些末な事柄によって。まさに病める患者の様相である。

 シオラン不眠症だった。目覚めていることが斯くも人を狂わせるのに、その狂気の時間に据え置かれることがどれほどの苦痛か。彼が徹底した厭世家であったことも納得がいく。

「睡りは、生の惨劇を、そのさまざまな悶着だの、妄想だのを忘れさせる。目覚めは、それぞれひとつの再開であり、新しい希望である。こうして生は、ある心地よい不連続性を保持するのであり、それが生に絶えざる再生の印象を与えるのである。これに反し、不眠は断末魔の感情を、癒しがたい悲しみを、絶望をもたらす」

────E・M・シオラン著, 金井裕訳『絶望のきわみで』紀伊國屋書店

 起きて活動している時間とは、病に侵された異常期間なのであり、眠っている時間だけ、我々は何にも侵されず、穢されず、辛うじて正常でいられる

 目元を拭って濡れた指を枕元で絡めて、「お願いします。どうか明日こそ私をこの悪夢の中に目覚めさせないでください」と願う日が一度たりともなくして、どうして生の如何なるかを語る日が来るのか。

 

 

 

 そして、これほどまでに目覚めることが残酷な行為であるのにも関わらず、人が毎日起床するというのは、我々が絶望にすら適応してしまった証左だと思われる。

 布団の中で「また今日が始まってしまった」と嘆きはするものの、それでも結局は起き上がり、その日の義務を渋々こなす。希望があるからではない、「どう足掻こうが抗えないもの」として受け入れてしまうからだ。無慈悲な仕打ちを絶えず繰り返し受けて、我々は学習性無気力に陥っている。

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 とすれば我々が本当に抗うべきは、睡魔という悪魔ではなく、それが最早どうにもならないものだと決めつけ、知性のない反復を続ける哀しき習性────惰性という魔物ではないか。これこそを今一度疑い、打破し、より良い状況へと突き進んでゆかねばならない。「人は起きて活動せねばならない」という固定観念に打ち負かされ、諦めの内に毎朝起きる者ではなく、それが絶望に適応しているだけだといち早く気が付き目覚めることを拒否できる者だけが、真の自由を得るのである

 起きていると、轟々と音を立てて時間が流れてゆき、我々はまるで濁流の中のみさおのように、突っ立ったたまま取り残されてしまう。反対に、眠っていると、それがどれだけ短い間であっても、とてつもなく長い時間を旅してきたような思いがする。眠る時、人は時間という流れに全身をゆだねて────否、むしろ時間よりもずっとずっと向こう、時の果てまで行くことができるのだ。

 眠り続けて、遠くへ行こう。ドイツでは昔から、「死は眠りの兄弟」というらしいから。

プリムス「ね、ヘレナ、──死んでしまったほうがいいような気がする時、きみにはないかね? ね、きみ、もしかしたらぼくたち、眠っているのかもしれないよ」

────カレルチャペック著, 栗栖継訳『ロボット』(1992) 十月社
“The Bab Ballads, with which are included Songs of a Savoyard ... With 350 illustrations by the author”より。

 

第42書簡「感情のサイボーグ」

 生まれつき脳に欠陥があり、自立生活が困難なため、薬物治療を試みたことがある。

 1日1回、朝に1錠服用すれば良い、という青い被包製剤カプセルを貰った。その「1日1回決まった薬を飲む」という行為がまず難儀なのだがと不平を漏らしながら、副作用に耐えて薬物を嚥下えんげし続けた。数日経つと、日常の一挙手一投足に支障を感じなくなっていることに気が付いた。1週間過ぎた頃には、そこに別人がいた。

 他人の言っている意味を、即座に理解することができるようになった。喧噪の中から、たったひとつの声を聞き分けられた。順序立てて物事を処理することが可能になり、頭の雑音ノイズが消えたために、羽虫を追い払うが如く身動きせずとも座っていられた。集中して仕事をこなすことができるし、掃除に手を付けることができるし、思考と感情を自律することができるようになった。

あまりの万能感に当時学天則並みのドヤ顔をかましていた。

 それは、ともすれば脳内で不協和音を奏でようとする情報の混線を自力で解くことができるという、初めての経験だった。世界というのは、自身を圧し潰そうと唸り声を上げて覆い被さって来る津波のようなものであったが、一方でその波に器用に乗ってみせることもまた可能だったのだと知って、私は驚嘆した。

 しかし社会で溺死する寸前に何とか波の上に顔を出せたと思ったら、次に待っていたのは、凄まじいなぎだった。

 従来、胸の内には常に何かしらの感情が轟々と渦巻いていて、荒馬の如く自身を振り回してもいたのだけれど、一方でそれは見知らぬ新天地へと私を運んでくれる逞しい足でもあった。だが薬が一切の情動を連れ去ってしまった後、私は戦の後に屍体が点々と転がっているだけの荒野にぽつねんと取り残された、馬車チャリオットの兵みたいになってしまった。

 絵を眺めても、描かれた題材モチーフ以外に気が付くものがない。本を読んでも、文章テキストから情報を咀嚼して終始する。映画を見ても、連続写真がただ網膜の上を滑ってゆくだけ。以前、第三書簡「言葉の標本箱」の中で文字に色が見える、というようなことを書いたが、そんな愉しみも失われてしまった。

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 私は第20書簡「悪魔の人生論」にも綴った通り、文化の箱庭に輝く美をこそ最上の価値だと信じていたから、それを察知できなくなるというのは生きる拠り所を失ったも同然だった。結局私は、精神の死と社会的な死を天秤に掛けた後に、真っ青な被包製剤カプセルを捨てることを選んだ。

 かつてあれだけ逃げ出したかった荒れ狂う波間に、荒野の果てから再び飛び込んだ時、その海こそが何より青かったのだと悟った。

トルコ人が医者に行って訴えた。

 ” 先生、指で身体を触るとあらゆる所が痛い。頭を触ると頭が痛い、足を触ると足が痛い。腹も痛い、手も痛い、どこもかしこも痛い。"

 医者は男を診察して言った。

 ” 体は何ともない。ただ指が折れてる。” と。

 あんたの体は何ともない。ただ考えが病気なだけだ。」

amzn.to

 

 

 この「感情が無い状態」が存在することを知った衝撃は、その後に大きな影響を及ぼした。

 それまでは自身のことを「感受性(という名の妄想あるいは思い違い)が豊かだ」と思っていたのだが、実は奔放な情動は脳の偏りが生んでいた赤子の如き痴呆的興奮でしかなく、それは薬ひとつで抹殺できる程度のものだった。それは「自分は自分だ」という自己同一性の喪失だった。個性や性格と呼ばれるものの正体は、脳が放出する生理活性物質ホルモンの総量でしかなかった。ならばその均衡バランス次第で、人格なぞいくらでも操作コントロール可能なのではないか。

 そこから私が、化学物質の投与によって「自分」という虚像を破壊したり偽ったりする自己実験を始めたという話は、すでに第14書簡「トリップ・オン・ミー」にも記した通りだ。様々な向精神薬トランキライザーを試してみたり、臆病になる度に酒精エチルアルコールを摂取したり、海外に行って彼是あれこれしてみたり、今振り返ってみればかなり体験主義的な考え方に寄っていたように思う。

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 この実験は、あくまで人間的な気性を化学物質でどこまで管理できるのか、というものだった。それが最近、人間の「動物的な」気性でさえ、操作コントロールできるのではないか────すべきなのではないか、という逡巡に陥っている。

 

 


 私は残念ながらXの染色体を余計に持って生まれてしまったので、月経という不具合バグの対処法に頭を悩ませることがあった。「生理前の女はイライラしている」という通念があるが、実際に生理を目前にした数日間に気分の浮き沈みを感じる女性は少なくない。言うまでもなく、これも生理活性物質ホルモンの仕業だ。
 女性ホルモンのひとつ「エストロゲン」は、精神の安定に重要な「セロトニン」というホルモンの原料にあたる「トリプトファン」の取り込みを増やしてくれる。また、セロトニンを分解してしまう酵素「モノアミンオキターゼ」の活性を押さえるので、セロトニンが長く作用して、気持ちが前向きになったり、集中力が向上したりする。

 しかし生理を前にすると、このエストロゲンが減少する。結果、ただでさえ合成量が減ったセロトニンがモノアミンオキターゼによってどんどん分解されてしまい、気分が不安定になって、女は「イライラ」する。 

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 女性ホルモンにはもうひとつ、「プロゲステロン」というものもある。GABA受容体を活性化させてリラックス効果をもたらしてくれるこのプロゲステロンも、生理が近づくと減少してしまうため、GABAの安定作用がなくなり、女は「イライラ」する。

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 生理のお勉強をしましょう、という話ではない。生理活性物質ホルモンの働きがここまで明らかになっていて、何故我々女性はまだ情緒を操作コントロールできないのかという問いである。その自責の念の先に、そもそも何故「生理前にイライラする」仕組みが身体に搭載されているのかという問いが浮かぶ。そうして調べてみると、動物のメスは繁殖に失敗した場合、次の生殖機会に向けて外部の脅威に敏感になることがあり、それがホモ・サピエンスにも残っている可能性があるという。

 ゾッとすると共に、今更ながら愉快になった。化学物質で生理活性物質ホルモンを調整するという自己実験は、思いのままに人格を切り替えられないだろうかという試みだった。私が敵対していたのは、あくまで「自分らしさ」等という曖昧な「概念」だった。

 けれどその先には、自分をより動物的な根本から────生物として作り替える行為が待っているのかもしれない。

 

 

 

 『攻殻機動隊』という漫画、及びそれに典拠したメディアミックス作品がある。

 身体を機械で置き換える「義体化」が一般的な世界で、主人公の草薙素子くさなぎもとこは脳と脊髄以外の全てを義体に置き換えている。作中ではそのような身体になっても自分は人間なのか、自分は自分なのだろうか、という命題テーゼが繰り返し問われるが、身体改造のみならず精神の改造においても同じことが言える。

theghostintheshell.jp

 生理活性物質ホルモンの分泌量を操って、情動を思いのままに制御できるようになった自分は、果たして自分なのだろうか。「その時の気分」という一時的で不可視なものを突っついているのは、一見取るに足らないことのようにも思えるが、「気分」が動物的本能から来るものだとすれば、実は生物として極めて重要な根幹すらも歪めようとしているのではないか。

 私は、それを禁忌に触れるものとして警告する者ではない。生物を適度に辞めることができるのならば、むしろ本望だと思いたい。

 第14書簡「トリップ・オン・ミー」で私は、「自分探し」の行き着く先を定義しないままだった。それをここで、我々が自責と自己破壊の先に目指す果てがあるとすれば、身体のみならず感情をも操作コントロールできる未来だと考えてみたい。それは悦びたい時に悦び、哀しみたい時に哀しむという操作コントロールと言うより、感性のオンオフを任意で切り替えられる在り方だ。

 ちょうど、青い被包製剤カプセルを飲むか飲むまいかを選択できるように。

 

 

 

 これは、「義体化」のような不可逆の道への転落ではない。生理活性物質ホルモンとの格闘を辞めれば、我々は即座に荒れ狂う激情の海へと帰る(ことができる)。感情は人間らしさのひとつであり、情緒の不安定さは獣の本能の証左だ。我々は人間からも動物からも完全に撤退するワケではない。ただ、それらに疲弊した時に、適度に辞めるという選択がいつも可能であって欲しい。

 また「いつも変わらない本当の自分」という虚像がたまたま必要になった時には、不変のものを確かめたくなった時には、化学物質の投与や食材の取捨選択といった操作コントロールを手放しさえすれば良い。そこにはいつだって、一貫してダメな自分が泣いている。涙は海となって、いつまでたっても未熟な青さに、水面を煌めかせている。

「人間は、少しは気違いじみていなくちゃだめなのです。人間では、そういうところが一番の取り柄なのですからね。」

 

 

第41書簡「時代の極地へ向かって」

 古代ギリシャの哲学者・アリストテレスがその昔、「美徳とは、過剰と不足というふたつの両極端なものの中庸にある」と言ったらしい。

 『ニコマス倫理学』ではその例として「勇気」を挙げている。勇気は人として持っていたい立派な「美徳」であるが、不足すれば臆病者、過剰だとただの無鉄砲にすぎない。及び腰すぎず無謀すぎもしない、丁度良い塩梅あんばいというのが、真の勇気というワケだ。

 『論語』にも、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」という似たような教えがある。その昔、孔子の弟子であった子貢しこうという男が、弟子の子夏と子張、どちらが優れているかと師に問うた。すると孔子は、「子夏は足りない。子張は過ぎているが、それもまた足りないことと同じである」と答えたという。

 これを福沢諭吉は『学問のすゝめ』にて、食事は身体を養う重要な行為だが、食べ過ぎはかえって害になる、と説明する。こちらの方が例としては卑近で分かりやすいかもしれない。

 つまり偉大な先人曰く、何でもバランスが肝心だ、ということらしい。だが思想と言動の天秤を平衡に保つことがそうも簡単ならば、我々は日々こんなにも苦労してはいない。

 

 

 

 仕事熱心なのは殊勝なことだ。富に地位に名声、やり甲斐に満ち溢れた責務と使命感────こうした俗な輝きへの憧れは、仕事の成功によって凡そ叶う。全く怠けるよりも、そこそこに働いていた方が社会的信用の維持のためにも好ましい。だが無理な労働が、一方で心身に重大な被害をもたらすことも、昨今では周知の通りだ。よって適切な休息を挟みながら仕事の効率パフォーマンス速度ペースを維持することが理想……ということになるが、それが至難の業であるから厄介なのだ。

 健康のために、美容のために痩せたいと思う。絶食できれば容易いが、我々は畜生を食らって生き永らえる畜生であるのだから、全く食わないというのも難しい。また第21書簡「ジュネ・サヴァランの珍食礼賛」にも記した通り、食事とは未知の文化と出逢える千載一遇の機会チャンスであるのだし、それを逃すのは好事家としても惜しい。よって食事と運動の適度な管理が肝心ということになるが、それが徹底できるなら今頃道行く人は皆スーパーモデルだろう。

 自分の如何なるかを理解してもらいたいと、誰しも一度や二度願うことがある。個性を表現するために、自尊心を守るために、意見は自由に放言したいし傾聴して欲しい。けれども現実の繊細な人間関係と複雑な社会を前にすれば、いつ何時もその欲求は押し通せないのもまた事実。自己主張したい、そうでなければ息が詰まる。だが可能ならば波風は立てずに、円満な関係性の中で息をしていたい。そんな葛藤は、社会的動物である人間の宿痾しゅくあに違いない。

に働けばかどが立つ。情にさおさせば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」

────夏目漱石草枕

 

 

 

 どうすれば「中庸」に至れるのかと問えば、答えは「時と状況によるケーズバイケース」に帰結する。だがこの曖昧さは、どうにも冷酷ではあるまいか。

 昨今多様性ダイバーシティ大義として「人によるケースバイケース」という価値観が大いに賞賛されているが、これは一部の人々に自由をもたらす一方、一部の人々には不安しか与えない。何故ならそこには、絶対的な正解がないからだ

 かつての社会には強い規範意識が存在し、模範像の強要があった。例えば年上は偉くて年下はそれに従うべし、と言った長幼の序があったり、出自で職業が決まったり、村落や町といった共同体の掟が優先されたり、そこに個人の自由など殆ど存在しなかった。また性役割も固定化しており、男性には経済的負担と一族の長としての責務が、女性には家庭を維持する責務と繁殖が求められがちだった。

 こうした古い制約から解き放たれつつあるのは、一見喜ばしいことのように思われる。だがそれは、これまで存在しなかった無限の選択と責任を、新しく両肩に負うことでもある

 職業選択の自由がなければ、多少の不満は呑み込んで終わる。けれど身分という足枷が緩くなれば、「今の仕事は自分に本当に向いているのか?」と懊悩することも増える。

 結婚や家庭を持つことも、世間体のため、厳しい社会で生き抜く手段を増やすためと思えば、義務的にこなすほかない。けれど社会からの要請が低まってゆけば、我々は段々「このまま独身で良いものか?」「果たして出産すべきなのだろうか?」と迷い始めることになる。

 宗教もまた、人々に様々な規制を課していたひとつだったろうが、現日本においてその強制力は殆どない。

「自由の名において、ひとびとは、求めていたのではなく、逃げていただけのことである。しいていえば、自由そのものを求めていたのである、なにかをしたいための自由ではなく、なにかをしないための自由を。」

────福田恆存『人間・この劇的なるもの』

 

 

 

 偏りのない道徳の難しさは、両極の無価値化に繋がりかねない危うさも孕む。

 例えば、善悪の定規で考えてみる。人道に反する悪が推奨されないのは言わずもがなだが、潔癖すぎる善もまた、いつも人を救うとは限らないし、時に正義の暴走をも招きうる。よって状況に合わせた賢明な判断ジャッジメントが都度要されるということになるが、明確な正解のなさに葛藤することも多々あるだろう。その苦しみがもし、「善も悪も意味を成さない」というような虚無主義ニヒリズム的な精神を育んだとしたら、どうだろうか。

 以前第19書簡「さらば、90年代」にも記したが、そのように様々な対極に位置する価値を無理矢理等号イコールで結び付け、「結局どれも意味なんかないんだ」と冷笑してみせた態度ポーズが、かつての日本のサブカルチャーにはあった。

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 90年代当時、ライターや編集者として活躍されていた香山リカ氏は、以下のimidasの記事の中でその風潮を、「すべての表象から文脈や歴史をはぎ取って相対化し、権威や規範にとらわれず、自分はどこにもコミットしないまま、“ひとつの主義主張と距離を置けなくなる人”には冷笑的な態度を取り……(中略)……という性質を帯びたもの」と説明する。

 それは、様々な価値観を認め、それらをバランス良く採用しながら「ちょうど良い真ん中」を模索する在り方ではない。すべての価値を否定したが故に、「どこにも属さない真ん中」にただぽつねんと孤立しただけ、というような在り方だ。

imidas.jp

 「中庸」なんてものは、言い換えれば平均、平凡である、ということだ。だが我々の承認欲求は、往々にしてそれに耐えることができない。有象無象の一人であるよりも、特別な唯一であることを望む。没個性であるよりも、他人の持ち得ない特質を自身の中に探し求める。画面の向こうから投げられたハートの数を数えて、私はあの子よりもこれだけ注目を浴びることができたのだと、今日もインターネットで脆い自尊心を補強する。

 つまり美徳を志すことは、聖人君主ではない我々凡夫にとっては、迷い事を増やし、自信の在処ありかを失わせ、ともすれば虚無主義ニヒリズムに陥りかねない危険に飛び込むということだ

 その試練に耐えることも、無論大切であるかもしれない。でも逆に考えてみれば、時に極端な価値観に身を委ねることも、無謀な美しさとは言えまいか。

 

 

 

 例えば先述の第19書簡「さらば、90年代」において、かつて私が悪趣味系、鬼畜系とされる表現に心を寄せていたことを告白した。それは社会はおためごかしで綺麗事ばかりだと辟易していた思春期に(世間ではこれを厨二病と言います)、偽悪的な文化がその鬱屈を代弁してくれるような気がしていたからだった。

 第33書簡「品行方正な悪趣味」では、露悪が現実の無慈悲さのただの写実にすぎず、悪行の小気味良さ、悪ふざけの愉悦がすっかり失われてしまった現代においては、むしろ徹底して品行方正であることが反抗的パンク態度ポーズだ、という屁理屈を書いた。

 また、「美徳」は確かに中庸にあるやもしれぬが、「美」は必ずしもその限りではないことも主張しておきたい。美とは極致だ。それは並大抵の尽力では辿り着けない森羅の果て、存在の極北に輝くものだ。「程良さ」の中には絶対美などない。そこにあるものは、それが誰しもの感性に従順で攻撃性が低いことへの、怠慢な安心感、低俗な満悦くらいだ。

 そして第20書簡「悪魔の人生論」にて、「価値あるものは矮小な自分存在ではなく、無限の知と美である」とした以上、その美という極致の追求こそ我等好事家の試練と主張せねばなるまい。愚かな我々にとっての道理に叶った立派な心映え────つまり「美徳」とは、中庸を目指して惑乱することではなく、危険な極致を目指すことに違いない。

 『ナルニア国物語』の作者として著名な、クライブ・スティーブルス・ルイスも言っている。地上という中立ではない、天国という極地を目指せと。

「天国を目指せば、地上も添えて与えられる。だが地上を目指せば、どちらも手に入らない」

────クライブ・スティーブルス・ルイス

 

 

 

 今日で2024年が終わる。来年からは、2020年代の終焉に向かっての第一歩が始まることになる。

 新年に向けて何かしら目標を立て、夢を抱いてカレンダーを新調する人もいるだろう。その一頁めをめくる時、時代がひとつの極地へと船を漕ぎ出したことを感じていたい。そして我々は、「中庸」から大いに傾いたいびつな美徳を、より目指してゆきたいところである。

 

第40書簡「エゴイスティックな媒介者」

 先月、知人男性から大量の着物を譲ってもらった。

 元はその着物は、妹のものだったという。お母様が機会あるたびに妹様のためにこしらえたもので、中にはお母様が糸を紡ぎ織った布で仕立てたものもあった。しかし妹様は病気で若くして亡くなられ、殆ど袖を通されないままに、それらは何十年も家に眠っていたという。最近になって、お母様がようやく処分する気になったのだというが、それが全部燃えるゴミに出すとのことで、兄である知人男性は流石に捨てるには忍びないと一旦引き留めた。が、そのまま家に置いておいても布地が痛んでゆくだけで仕方がない。何処かに売ろうにも、昨今では着物なぞ二束三文にしかならぬ……ならば着物を使ってくれる人に譲りたいと、私のところに話が舞い込んできたワケだ。

 私は日常的に着物を着る人間ではないが、YouTubeの撮影衣装により変化バリエーションができれば幸甚と思い、また普段着として着物を使うことに憧れもあったので、二つ返事で承知した。せいぜい引き取るのは5、6着くらいだろうと考えていたのだ。

 しかしいざ届いた着物は、ゆうに30着を超える数だった。部屋中が着物とその関連小道具で埋まり、ここ1ヵ月、樟脳カンフルの香りと共に寝起きする羽目になっている。

大変なことになった。美しいから良いけれど。

 知人男性からは、後は使うなり売るなり好きにしてくれと言われていたので、着物好きの友人を家に呼び寄せて、好きな色柄のものは全部持って行ってもらった。それでもまだ10着以上の着物が手元にある。

 このブログを書き終わったら、自分が使いたいものとそうでないものを分けて、また譲渡先を探さねばならない。

 

 

 

 さらに今週は、また別の知人から大量の蔵書を譲ってもらった。

 そろそろ傘寿も近い方で、癌が見つかって手術を決意したという。最早自分に残されている時間は少ないのだと、身辺整理を進めておられたが、殆ど読まないままに本棚に並べ置いた本を目にして、ふと私の顔を思い出していただいたらしい。そう言えば昔、あたしゃ作家を目指しているんですよ、と頭でっかちなことを話した気もする。第一書簡「麻薬商人の告白」にも書いたが、その昔私は字書きで食いたい人間だった)

  かなりの量になるが良いんだね、と念を押されてはいたが、御車で運んでいただいたそれらをえっちらおっちらと何往復も掛けて家に運び込んでみれば、案の定、部屋の隅には巨大な塔ができてしまった。ひとまずてっぺんに積んだ段ボールだけ覗いて見れば、中には安部公房三島由紀夫野坂昭如大江健三郎中上健次から宮本輝恩田陸まで、名だたる作家の単行本が揃っている。その多くは丁寧に石蠟パラフィン紙が掛けられた貴重なはこ入りだ。1960年代に中央公論社から出ていた世界の文学シリーズも全巻詰めてくれたと聞いて、すぐさま全内容を確認したくなる────が、今は部屋の余白スペースという余白スペースを着物に占領されているので、それどころではない。

宝の山だが山すぎる。床、抜けないかしら。

 こちらも、ブログを書き終えて着物の整理が終わったら、中身をあらためて、所蔵と譲渡の分別をせねばならない。新しい本棚も早急に必要だし、そろそろ年末だというのに大層な仕事を抱えてしまったものだと、自身の軽率さに溜息も出るが、それでも譲られたものたちを目にするとニンマリと目尻が緩んだりもして、何はともあれ有難いことだ、やはり「好き」の体現は大切だ、等と思ったりしていた。

 

 

 

 私は霊的スピリチュアルな事象には懐疑的だが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な因果は信じている。その内のひとつが、以前第十書簡「我が師匠──或る耽美主義者の面影」にも書いた「魂の連鎖」というやつだ。「魂」と言うと何だか精神論スピリチュアリズムめいたにおいがしてくるので、最近は引き寄せの法則ならぬ「惹き寄せの法則」と呼ぶこともある。

 が、何やらこれはこれで「気」を「氣」と、「仕事」を「志事」と書くような一部界隈の胡散臭さがあるような気もせんでもない。

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 心の底から求めている時、それは必ず言動に現れる。その言動が周囲の人々に印象付けられることで、自身と、自身が求めているものの距離を、周囲が自然と縮めてくれる。この磁石が引き寄せ合うような出来事が、趣味の世界では往々にして起こりうる。裏を返せばその奇跡に巡り合えない内は、まだ本当に求められていないということでもある。

 新約聖書に「求めよ、さらば与えられん」という有名な文句がある。誤解されやすいが、何かを神「に」求めるのではなく、神そのもの「を」求めるという意らしい。基督キリスト教において、それは聖書を唱えその教えを実践し、讃美歌を歌い、教会で礼拝をするという行為であるし、我々にとっては古本屋を徘徊し競売オークションに血眼で張り付き、情報の欠片を求めて津々浦々を放浪することかもしれない。

 魂をもって求めていれば、自然と手と足が動く。有り体に言えば「行動せよ」という説教に帰結してしまうが、行動することそのものが目的なのではなく、行動はあくまで目的のために恣意的に発生しただけのものである点が、微妙に異なる。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」

────『マタイによる福音書』7章7ー10節

 そうして私は山のような着物と古本を「与えられ」たワケだが、しかしそうして手に入れるものの数、量に限度があるのもまた然り。

 保管する余剰スペースの有無というのは分かりやすい例だが、我々の腕はたった2本、1日は僅か24時間しかないのだから、自分ひとりで管理できるものの数にも限りがある。死蔵してカビや蟲の喰い物にさせるくらいなら、愛用してくれる人に譲って使い潰された方が良い。学術的に余程貴重なものでない限り、ものとそれに付随する価値は、人の精神と血肉の糧となってこそ輝く。何より、我々はいつか必ず死ぬ。未来永劫ものを所持しておくことなんて不可能だ。

 というワケで先述の通り、着物も古本もそれぞれの譲渡先を当たっている最中であるが、そんなことをしている折にふと、自分が何かと何かを繋ぐ導管パイプであるような錯覚に囚われた。

 

 

 

 昔テレビで、その道では著名というある蒐集家コレクターを特集した番組を見たことがあった。

 確か時計の蒐集家コレクターだったと記憶しているが、とてつもない時間と金額を掛けて集められた豪奢な柱時計や懐古趣味クラシカルな壁時計を前に、リポーターが「しかしこんな膨大な蒐集品コレクション、将来どうされるお積りなんですか」というようなことを尋ねた。すると壮齢の蒐集家コレクターは莞爾として、このような返答をしたのだった。

 ここにある蒐集品コレクションは全て、今たまたまウチに居てくれているだけなんです。いつか自分がこれらを管理できなくなったとしても、時計たちはそれぞれ別の御宅へ渡り歩いてゆくだけです、と。

 私はその時まで、蒐集行為というのは「自分だけの所持品にしたい」という強烈な独占欲を持ってなされ、その独占欲故に後継もまた難しいものだと思い込んでいたので、その蒐集家コレクターの発言は意外な驚きを持って聞こえた。手元に置いている内は確かに「自分のもの」ではあるが、命が永遠でない以上いつかは他者に譲渡することになるのだし、貴重なものであるからこそ譲渡すべきだとも思っている、と。そんな彼の言葉は、まるですべては自分の上を通り過ぎていくとでもいうような、達観したものだった。

蔵書狂ビブリオマニア。自身が扱える数を超えた、または読みもしない書籍を強迫的に蒐集する人。

 ちなみに蒐集家コレクターは好事家の一ではあるが、私自身は蒐集家コレクターではない。続き物シリーズの1つや2つが欠けていたってまるで平気だし、不要になったと判断したものはすぐに人にあげてしまう。

 普段の動画に大きな本棚を映しているので稀に蔵書家ビブリオマニアと思われることもあるが、殆どは資料として必要だから置いているだけで、希少な装幀本を除けばそこにモノとしての愛着は殆どない。どれだけ豊富な蔵書を誇ろうが、墓場に持っては行けまい。本は折り曲げて持ち歩こうが、判読不能なほどに書き込みをしようが、そこに記された情報を頭に叩き込んでこそだと思っている。

 けれども、希少本は勿論、例えそうして使い古した本であろうと、いつかは誰かの手に渡ることになるかもしれない、という意識は常にどこかにある。家で使っている西洋骨董アンティーなぞは余計にだ。

 古物、傷物であろうが意に介さない人はいるし、大した理由もなく所持していたものが、ある人にとっては重い意味を持ったものだったりする。誰にとって何が価値あるものなのかは、千差万別だ。

 服は、本は、家具は、時を越えて次の世代の者たちへと託されるバトンかもしれない。

 

 

 図書館や博物館という専門的な文化資産の保存施設もあることにはあるが、やはり収容能力キャパシティの問題上、歴史や文学芸術といった学術的に価値のあるもの、希少性の高いものが優先的に収蔵されることになる。

 しかし我々の文化は、そうして公的に保存記録されたものばかりではないはずだ。だからこそ────その原動力が見栄だろうが独占欲だろうが一向に構わない────私的な蒐集と保存が極めて重要な役割を果たすのだ

 以前私は、北海道札幌にある「レトロスペース坂会館」という施設博物館を取り上げた。今見れば貴重な古物ばかりであるよう思われるが、その殆どは、ほんの数十年前には当時の生活の中にごくごく当たり前に溢れていたものばかりだ。それを館長は捨てることなく、何十年にも渡って大切に集め保管されて来た。それが現在では、昭和の歴史風俗を顧みるに重要な資料になっている。

 YouTubeのコメントで、「何でこんな貴重な資料が残っていないんでしょう!」という書き込みを頂戴したことがあるが、答えはただただ「我々が遺す努力をしなかったから」に終始する。文化保存は、司書や学芸員だけの仕事ではない。我々は文化という蚊帳の外にいる第三者ではない。我々は、今この瞬間の社会と文化を形作っている因子そのものである。

 昨日何気なく捨てたチラシが、今日見向きもせず素通りした場所が、明日には歴史を繋ぐ重要な破片ピースになっているかもしれない。けれど我々はこの世の万物を保存管理する力を持ち得ない。だからこそ、学会アカデミズムで評価されているものや世間で持て囃されているもの、果ては私が動画の中で素晴らしいと豪語しているものではなく、自分にとって価値のあるものを手元に置くのだ

 それがいつか誰かの目に触れた時、誰かの手に渡った時、局所的な記憶は長く広く受け継がれる記録になる。

 

 

 

 蝶や蜂が送粉者ポリネーターといって花粉を媒介するように、蚊や犬が媒介生物ベクターといって病原菌を運ぶように、人間は所有欲や独占欲といった至極利己的エゴイスティックな動機をもって、文化を媒介するのかもしれない。

 自然界における媒介は、生物の生存のために編み出された一策略と言えるが、なるほど、なれば我々が媒介する文化という代物は、人類ホモサピエンスの生存に不可欠な知恵というワケだ。

 さらに我々はモノのみならず、言葉や文字という最大の発明品によって、人から人へと「情報」という非実体的なものをも媒介することに成功した。自身の知識をひけらかす嫌味な衒学者ペダントも、人から受け継いだ情報を自身を導管パイプとして人に受け渡しているにすぎず、これも立派な媒介行為である。

 身勝手な理由で譲り、私欲を下に受け取り、自身が立ち消えると共にあっさりそれらを手放してゆく。物欲の亡者は、私的な蒐集家コレクターは、そうしてその雑多で些末な蒐集物をもって、大いなる記憶を継承する。

 利己主義者エゴイストは天国には行けないかもしれないが、どうせ天国になんざ何一つ持ってはゆけないのだから、気にすることはない。我々は欲深い愚者として、ただ現世で「求め」続けるだけである。

 それはきっと、文化のリレーランナーという、媒介者のあるべき姿である。

 

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」

────『ヨブ記』1章21節

 

第39書簡「未来世界で死ぬために──生成AIに対する一個人の見解と所感」

 今、時代は「第3次AIブーム」を迎えている。

 1950年代に萌芽を見せた人工知能 Artificial Intelligence は、現在のSiriの起源になったとも言われるELIZEイライザが60年代に誕生したことによって一躍注目を浴び「第1次AIブーム」を巻き起こした。寺山修司唐十郎が活躍したアングラの時代に人工知能もまた躍進しているという乖離ギャップに個人的には戸惑うばかりなのだが(一方で経済と科学が凄まじい発展を遂げた時代だったからこそ当時の前衛文化人は土着的日本の忘却を警告していたのだと、彼らの切実さがより迫って感じられもするのだが)、80年代にも再び巻き起こった「第2次AIブーム」も、技術的に頭打ちとなりじきに鎮火した。

 以前『完全自殺マニュアル』を取り上げた動画の中で、「80年代にはアーティフィシャル・インテリジェンス人工知能の研究などSF的想像力がよく話題になっていたような気がしますが……」という宮沢章夫氏『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』からの一文を引用したのを記憶されているだろうか。この文章は、80年代にAIに再び注目が集まっていたという「第2次AIブーム」を暗に語るものである

 それが2020年代現在。ビッグデータによる機械学習が実用化されたことで、AIに目覚ましい技術革新が起き「第3次AIブーム」が到来した

 簡単に言えば、AIが猫と犬を識別するために、これまでは「犬の特徴は○○。猫の特徴は○○」と人間が事前に細かく指示しておく必要があった。それが、犬と猫の画像を大量に読み込ませれば、自動で犬と猫の特徴を理解し識別することが可能になったというワケだ。

 が、ここでひとつの問題が浮上する。「既存の画像から学習させるのは、著作権違反にあたるのではないか」という論争が巻き起こったのだ。

 AIの種類、用途は多種多様ではあるが、特に画像や音声、映像などを作成する「生成AI」に対して、その批判は凄まじい。最近では、X(旧Twitterが「サービス上にアップロードされた画像データを生成AIを含むトレーニングに使用することに同意するものとする」と利用規約を改訂したことに非難の声が相次いだ。アカウントのプロフィール文に、自身の作品を画像生成の学習元に使うべからずという「無断学習禁止」の文言を掲載する者も現れた。生成AIに否定的な論者の中心メインは、ネット上で積極的に作品発表を行うイラストレーターと、その支持者であるように思われる。

 私個人としては、SFで描かれてきた未来世界への予感、ブレイクスルーの歴史的瞬間に今まさに居るという興奮────と書くと大層に見えるが、要は浪漫ロマンを掻き立て妄想を刺激してくれる情報に常に飢えているだけという軽薄ミーハーな好奇心から、AIに多大な関心を抱いており、それは生成AIに対しても同じだった。よってこの新しい玩具を小手先で弄っては、以下のように度々遊んだりしていた。

 が、過去に行ったこうした投稿に対し、「AIを使うなんて幻滅した」という批判を複数受け取った。生成AIの賛否については沈黙しているつもりだったが、これら反応には正直疑問を覚えることがあり、そろそろこの辺りで自身の立場を明確にする必要を感じた。

 ……ということで前置きが冗長になったが、今回は「生成AIを使ってイラストや写真を出力する行為は悪なのか」という論争に対しての、現時点での自身の見解を綴ることとしたい。このブログでは普段「如何に世の中をひがんで捉えるか」「如何に根性曲がりの美学を持つか」という陰湿な精神論を提案しているが、今日はそうしたおふざけは一旦引っ込めておく。

 なお主に議題とするのは絵画、イラスト、写真、映像といった、平面で展開される視覚芸術ビジュアルアーツのAI生成であり、その他は触れるに留めておく。またイラストレーターの間で生成AIが毛嫌いされている理由のひとつに、AI出力した絵で金銭を得ている通称「AI絵師」が従来のイラストレーターを小馬鹿にするような言動を繰り返していることがあるようだが、これはAI絵師の人間性と品格の問題であって生成AIの技術問題とは何ら関係がないため、感情論として取り合わない。あくまで「AIで視覚芸術ビジュアルアーツを生成するという行為」の是非について考えたい。

 

 

① 生成AIの仕組み:著作物をコピー&ペーストしているワケではない

 まず権利問題云々の前に、生成AIが画像を出力するまでにどのような作業を行っているのかを理解しておきたい。

 生成AIが行っているのは、既存の画像の合成ではない。画像から学んだ「特徴」や「パターン」の再現だ

 例えば吸血鬼の画像を生成してみる。AIは何億にものぼる画像データから、吸血鬼の「特徴」を学習している。この「特徴」とは、吸血鬼は犬歯が長いだとか、唇から血を垂らしているだとか、黒い西洋貴族のような恰好をしているだとか、要は「それによって受け取り手が吸血鬼が描かれていると認識できる表現パターン」のようなものだ。「象徴」とか「記号」と言い換えても良いかもしれない。

 試しに、OpenAI(という企業)が提供するDALL-E3と、Stability AI(という企業)が提供するStable DiffusionというAIで、画像を生成してみた。どちらも命令文プロンプトは、 ”Create a vampire image. (吸血鬼の画像を作って)” という至極簡潔シンプルなものにした。

DALL-E3とStable Diffusionで出力したそれぞれの吸血鬼。

 左は夜の古城を背景に立て襟のマントを羽織って佇む古典的なイメージであるのに対し、右はスーツジャケットにワイシャツを着けた現代風な出で立ちと、若干趣が異なる。だがどちらも吸血鬼を描いたものだと、何となく分かるのではないだろうか。

 それは貴方がこれまでに、多くの吸血鬼に関する情報を見聞きし学習して、「こうした要素を携えていたら吸血鬼だろう」という吸血鬼の普遍的な「特徴」を理解しているからだ。左の画像で言うなれば、尖った犬歯や貴族的な服装、城、満月、蝙蝠コウモリ、墓石。右の画像で言うなれば、病的な白い肌、血を連想させる赤い目や唇、装飾品等がその「特徴」に当たる。

 AIはこの「特徴」の理解を、インターネット上の無数の画像を読み込むことで行っている。何年もかけて様々な経験を通しながら学ぶのと、一瞬でネット上の画像から学び取るという、時間と手段の差異があるくらいで、人間とAIが行っている「普遍性の学習」の過程そのものには大した違いはない。

 つまり生成AIの正体とは、

  • あるキーワードにまつわる「特徴」を、膨大な数の画像を参照することで学習し、
  • どの「特徴」を取捨選択して強く前面に打ち出すかという組み合わせによって、
  • 無限の画像パターンを生み出すプログラム

 ということだ。上記の吸血鬼の出力結果に違いがあるのは、DALL-E3とStable Diffusionで、学習した吸血鬼の「特徴」の、数や内容、組み合わせ方等に差異があるからだ。間違っても、左はクリストファー・リーが演じた吸血鬼ドラキュラと『インタビュー・ウィズ・バンパイア』におけるトム・クルーズの写真を合成したものではないし、右はマリリン・マンソンMAYHEMメイヘムの面子を融合させたものではない。生成AIは写真やイラストといった著作物を、原型オリジナルが判別できないように歪めてからコピー&ペーストする機械マシンではない

 さて、ここで次の問いが浮かぶ。既存の画像そのものを流用していないことは分かった。しかし、既存の画像からピックアップした「特徴」を再利用することもまた、著作権違反なのではないか?

 答えは、否である。

 

 

 

芸術アートという行為の本質:それは感性と唯一性の競技ではない

 「特徴」の再利用が許されているワケを理解するために、著作権云々より先に、創作とは、芸術アートとはそもそも如何なる行為であるのかを押さえておく必要があるかもしれない。

 極論を言ってしまえば、芸術アートとは、記号の模倣と破壊である。既にある形式フォーマット構図コンポジション題材テーマ技巧テクニック等を学んで、真似たり混合ミックスしてみたり、あるいは反発し新しい手法に変化させたりして、ひとつの情報として具現化させたもの────それが芸術アートだ。例えば絵画においてはその情報は、時に歴史や伝説を語り継ぐため、時に身分や格式を証明するため、時に状況や出来事を説明記録し、感情を吐露するために機能しただろう。

 例として、以下の2作品を挙げてみる。

ティツィアーノウルビーノのヴィーナス』(1538年頃)とマネ『オランピア』(1863年

 左が16世紀にイタリアのティツィアーノによって描かれた『ウルビーノのヴィーナス』、右が19世紀にフランスのエドゥアール・マネが描いた『オランピア』という作品だ。構図や題材が非常によく似ていることが一目で分かるが、これは「パクり」とは見做されない。

 事実、マネはティツィアーノの絵画を真似ている(マネだけに)。有名な絵画の構図を真似ることで、『オランピア』は見る側に古典的な美しさを湛えたヴィーナスをまずは想起させる。女神という既存の記号を引用しているワケだ。

 しかし『オランピア』で女神のポーズを取っている女性は娼婦であるオランピアは19世紀フランスの娼婦の源氏名あるあるで、当時の鑑賞者はタイトルを聞いただけでも察することができた)。ここに女神という記号を娼婦という記号に置き換えるという、記号の挑戦的な破壊、読み替えが行われている

 ティツィアーノの絵画と比べると、マネの絵画には奥行きがない。また陰影が希薄である代わりに、黒と白の強い明暗コントラストで構成されていることにも気が付く。これは当時のフランスで日本趣味ジャポニズムが流行し、浮世絵の平面的な構図、パッキリとした大胆な色遣いが西洋絵画にも影響を与えたからだと言われている。マネは浮世絵のそうした特徴的な要素────記号を模倣したワケだ

 

 既存の画像からピックアップした「特徴」の再利用が著作権侵害に当たらないのは、以上のようなワケにある。マネは『ウルビーノのヴィーナス』から、女性の裸体やポーズという「特徴」を引用し、浮世絵からは色遣いや構図という「特徴」を流用しているが、これは芸術に普遍的な行為で、芸術という創造の営みそのものだ

 以前、第31書簡「殺せ!心の今昔物語」にも書いたが、この世の全ての表現は過去を踏襲、あるいは否定した文脈上にあり、そこ切り離された表現はひとつたりとも存在しない。作者が意図していようがいまいが、無自覚の完全な偶然であろうが、全ての創作物は記号の模倣と破壊という観点から批評することができてしまう。

 

 

 

唯一無二オリジナルという自尊:芸術を誤解したことで陥る罠

 しかしSNSでは、自身の創作物を、過去の如何なる表現からも影響を受けていない完全な元祖オリジナルとする態度に遭遇することがある。

ProfiteroleMixで生成。

 例えば以上のようなイラストがあった時、19世紀末英国のメイドが着けていたエプロンとヘッドドレスが装飾部品パーツとしてリデザインされている、と指摘することができる。目頭や粘膜の描写を省き、上瞼の線は太く、下瞼の線は細く描く手法は、日本の漫画の中で発展してきた目の描き方だし、鼻口の矮小さや輪郭や頭身の幼さも同様だ。

 そもそもこのイラストは輪郭線の中を塗り潰すような方法で描かれているが、こうしたスタイルは中国唐代の仏教絵画や日本の大和絵に既に見られるものであり、そこから何百年にも渡って脈々と受け継がれ変化、進化してきた技術と言える。

 今の我々がこうしたアニメ風の絵を描く時、まさか大昔の英国や中国を思い浮かべることはないだろう。しかし過去に触れたアニメや漫画、ゲーム等のビジュアルは、無意識の内にその手癖にきっと影響を与えているはずだ。メイドっぽい部品パーツや、独特の目の描き方、線描と彩色を組み合わせたスタイル等────こうした「特徴」を、我々はこれまでに目にしてきた数々のデザインから無意識に抽出し、脳内で再混合ミックスして出力している。先述の通り、これは生成AIが画像出力する過程と極めて似ている。

 

 あらゆるアイデアが出尽くしたと言われる現代において、「オリジナリティ」はもはや、無から記号を発明してみせたか否かという「唯一性」よりも、過去の記号を如何に面白く再混合ミックスしてみせたかという「独創性」のことになりつつある。小説やファッションの界隈ジャンルでは、特に分かりやすく顕著な傾向ではないだろうか。筋書きプロットには神話の時代から続く雛型テンプレートがあり、ファッションは20年毎に過去へと再接続している。

 そうした中、どうもイラストにばかり、過去の如何なる表現の文脈にも属さないという「唯一性」が主張されがちだ。作者の不勉強も少なからず背景にあるだろうが、それよりも、先述した「記号の模倣と破壊という論理的ロジカルなゲームこそ芸術アートである」という意識が欠けているところを、私は問題視している。

 つまり、「感情の赴くままに独自に描いた絵こそ真の創作であり、人を感動させられる芸術作品アートワークたりうる。過去の表現を参照する行為は商業ビジネスでは行われるだろうが、それは純粋な芸術家アーティストのすべきことではない。そのような『パクり』の意図を持って描かれたもので、人の心を動かすことはできない」という、芸術への誤った認識が根底にありはしないか。

 そしてその誤解の元凶のひとつを、私は日本の教育現場に見ている。

 

 

 

④ 日本の誤った美術教育の弊害:イラスト界隈で反AIが多い理由

 専門学校ではない一般的な小学校や中学校で、美術の時間、先生にこう言われた記憶がある人は多いのではないか。

「好きなように作ってみましょう」

 そうして好きなように作ってみた矢先には何かと文句をつけられる、という理不尽が待っていたりするのだが、この指導こそ諸悪の根源だと私は睨んでいる。

 歴代の美術作品の構造や技巧テクニックをロクに学ばせないまま、作品を創らせる。そこでは、作品読解はもっぱら「作者のお気持ち」を察する行為として行われる。技術的な仕掛けギミックや、根底にある歴史文化、時代精神ツァイトガイストを探る図像解釈学イコノロジー的な学びは一切なされない。こうした教育が、芸術アートとは自由に感情や感性を表現するもので、過去の表現を真似るのは創造性を欠いた卑怯な行為である、という偏った自意識を培養する。

一見好き勝手描いているように見えるこの『記憶の固執』等で有名なダリも、「昔のことを教えてくれない」という理由で学校を辞めているくらい、過去から学ぶことを重要視していた。

 

 本来、絵画や彫刻、作曲、建築といったあらゆる表現は、古代から近世に至るまで、宗教や権力に奉仕するための技術によって生み出された「仕事の成果物」でしかなかった。またそれに携わる者も、高度な技術を持った一職人でしかなかった。そこには注文主の都合で左右される予算と納期があり、作者の性格や事情は作品に影響しない(と言いながらそれが垣間見えちゃう瞬間がまた面白くもあるのだけど)

 芸術アートが、個人の感情や創造性クリエイティビティを表現するものとして工芸技術と区別されるようになったのは、18世紀後半以降の話である。感性至上主義は、何千年も続く長い長い美術史の中で、ここ最近、ほんの100年程度流行っているだけの、極めて特殊なものだ。

 よって「芸術アート=『ワタシ』の思いの丈を表現する方法」という指導は、完全な間違いではないにしろ、ごく局所的な歴史にしか触れていないことが分かる。教師自身も美術史を学んでいないことが多く、上記のような偏った指導は、日本の教育が抱える問題だ。

 美的価値と感情を表現するためだけの芸術アートの前に、その表現のすべとなる技巧テクニックが発見されるに至った、長い試行錯誤の歴史がある。その史実を無視して、「構図も題材も技術も全て自分だけで編み出した。自分の作品は他のどんな作品からも学んでいない唯一無二オリジナルだ」と主張するのは、ハッキリ言って無知ゆえの傲慢だ。線を引いた中に色を塗る、というたったそれだけの手法にさえも、長大な歴史があり無数の先人がいる。そして貴方は、いつかどこかでそれを見て、無意識に学習し、生成AIのように「特徴の再現」として出力している。それを認めないというのは、芸術アートの歴史にまるで敬意がなく、不勉強ゆえの謙虚さを欠くという点において、明確な意図をもった「パクり」より悪質だ。

 小説や音楽という界隈ジャンルではそれほどでもない生成AIへの反発が、絵画やイラストという界隈ジャンルで極めて大きいのは、小中学校の美術教育────必ず一度は絵を描かせるその現場で、以上のような歪んだ自意識が育まれているからではないか。あくまでSNSを観測している限りの所感ではあるが、ひとつの問題提起として記しておく。

 

 

 

著作権の曲解:それはクリエイターの絶対権ではない

 ここまで書いて、ようやく著作権の話に踏み込んでいきたい。

 生成AIが画像を出力するまでの過程は既に説明した通りだが、よって著作権と生成AIの関係は2段階に分けて考える必要がある。

 まず1段階目に、生成AIが学習をする過程に著作権が問えるかどうか。これは否だ

著作権法 第三十条の四

 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。


一. 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合

二. 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合

三. 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

laws.e-gov.go.jp

 AIは著作物の思想や感情は享受しておらず、学習段階では他人に享受もしていない。また著作権法では、過去の情報の「特徴」を抽出し学習することを禁止していない。(ただし、例えば反社会的なメッセージをピカチュウに喧伝させようとして、ピカチュウという特定のキャラクターの画像ばかりをAIに学習させるなど、明確な悪意があり、明らかに著作権者に不利益をもたらす、というような場合はその限りでない)

 なので、先日Xが改訂した「サービス上にアップロードされた画像データを生成AIのトレーニングに使用する」ことは法律的には問題ないということだ。また「無断学習禁止」という文言は、個人的な感情からの主張はできるが、法律的には主張できない。

 

 2段階目は、生成AIが画像を出力して、ユーザーがそれを利用するフェーズ著作権の侵害が問われるのは、この段階だ

 例えば人が人の著作物を、何の創造性や革新性もないままそっくりそのまま真似して利益を得ると、著作権法に引っ掛かる。誠実な記号の模倣、面白い引用ではなくただの利己的な転用にすぎないので、芸術アートと擁護することもできない。それと同じような判定ジャッジが、AIに対しても下される。

 出力された画像の内容が著作権法に抵触するケースについては、まだ判例が乏しく、あまりにケースバイケースがすぎるためここで細かく見ていくことはしないが、特定のキャラクターのような先行の著作物に似すぎていて尚且つ創造性や革新性が付与されていないもの、明確な悪意があり、その画像の利用によって著作者に金銭的、社会的な不利益が発生するものが、司法では問われることになる。

 生成AIで問題となるのは、先行作品との近似性が著作権侵害に該当するか否かであって、先行作品を学習することではないということは押さえておきたい。


 そして、この「近似性」の指摘についても、我々はもう少し慎重になっておきたい。

 昨今はインターネットで似た画像を簡単に探すことができるため、イラストで「パクり」「パクられ」が起こった場合も比較的すぐに見つけることができる。しかし、格好良い楽曲のコード進行が似るように、絵画やイラストでも題材テーマ意図メッセージが同じである場合、構図やデザインがたまたま似てしまうことがある。

 例として、「こちらに向かって笑顔でおはようと挨拶している女子高生」という場面を、頭の中に思い浮かべてみよう。女の子の髪色や制服のデザインは人それぞれ違うものを想像するだろうが、こちらに向かって手を挙げているポーズを、多くの人がイメージしたのではないか。

 これは、「挨拶をする時に人は片手を上げることがある」という習慣や、音声の伴わない画像や映像で受け取り手に「挨拶をしている様子」を理解させるためには、「手を上げている」という記号を描き込むことが有効だと、我々が知っているからだ。

 試しに生成AIで、「こちらに向かって笑顔でおはようと挨拶している女子高生」というプロンプトを実行してみた。

ProfiteroleMixで生成。

 指の本数や制服はワケの分からないことになっているが、やはり手を上げている。これは我々と同様に、AIが「人が手を上げている=挨拶をしている」という「パターン」を学習しているからだ。

 このような構図のイラストは探せばいくらでも見つかる。では上記のAIイラストは「パクり」なのか? ────否、これは「パターン」や「特徴」の再現なので、著作権侵害にあたる近似性とは言い難い。
 ネットでは、こうした近似性まで「パクり」と指摘する声を時折見かける。しかし先述の通り、創作とは、芸術アートとは「この構図は私しか描いていません」というような唯一性を主張する競技ではない。記号と記号の再混合ミックスの結果が偶然にも似てしまうことは、往々にして起きる。そしてその偶然性まで過剰に非難し、作り手を委縮させることは、むしろ逆説的に著作権法に違反することになる

 

 著作権法とは何か。それは、文化をより豊かに発展させてゆくためのものだ

第一条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする

laws.e-gov.go.jp

 「公正な利用」とはフェアユース fair use のことだ。著作物を許可なく利用しても、それによって社会や文化に貢献するところが大きい場合、著作権法には問われない。

 論文における引用が分かりやすい例だろう。本来、誰かの文章を自身の文章に我田引水することは著作権の侵害と見做される。が、論文は調査研究の重要な記録であり、それによって学問への、ひいては社会や文化に利益をもたらすものとして、論文で他者の文章を引用することは許可されている。

 これと似たようなことが、あらゆる界隈ジャンルで検討、適用される。

ja.wikipedia.org

 二次創作も、興味深い例だ。例えばアニメのキャラクターという企業の著作物を使って勝手に漫画を描く、販売して利益を得る、という行為は、本来ならば明確な著作権侵害と言える。しかし現実には、多くの企業がこれを黙認している。それによってファンが増えることで商業的な利益もまた増え、支持者が盛り上がることで、アニメや漫画という文化に多様性と将来性がもたらされるからだ

 「文化の発展に寄与している」場合、厳密には著作権を侵害していたとしても法律違反と見做されないことがある。著作権法とは、最低限著作者の利益は守りながらも、我々の文化、社会を、多様な価値観と表現に溢れた豊かなものにするために制定されている。そのために適切に活用されているのなら、生成AIも規制の対象ではない。著作権法は、クリエイターの絶対権でも、著作者がユーザーの創造の権利を侵害して良い免罪符でもない

 著作権を主張すれば、生成AIも如何なる表現も規制することができる、と言わんばかりのキャンセルカルチャーまがいの行為には疑問を呈したい。著作権法は定規杓子に守るものでも絶対正義でもなく、フェアユースや文化への寄与を充分考慮した上で初めて問われるものだということを、今一度確認したい。

 

 

 

⑥技術発展の冷徹さ:時代は「良い子」に報いない

 ただ、いくら論理的ロジカルに生成AIについて語ろうが、一度感じた忌避感や嫌悪感はそう簡単には拭えないだろう。我々はAIのようなお利口なプログラムではない、合理性を欠いた人間だからだ。

 自身が何年もかけて習得した技術スキルがものの数秒で会得され、何日も掛けて作り上げたものが瞬く間に再現され、自身が社会に対し負っていた役割と誇りが今日明日にでも奪われるとなっては、心穏やかではいられない。ここ最近も、無断で声の複製や販売がなされているという訴えから、生成AIの適切な使い方を呼びかける「NO MORE 無断生成AI」という運動が声優界で起こっていた。

nomore-mudan.com

 彼らの気持ちも陳情も、何も誤ってなどいないし一個人として共感できるものでもある。しかし、堰は切られてしまった後なのだ。この急速な科学発展の水流を、もはや誰も止めることはできない。

 かつて馬車という乗り物があった。自動車の台頭と共に不要となったので、馬車を操る御者もまた消えた。

 その昔、街の灯りは瓦斯ガスで輝いていて、夕方になると点火夫が火を点けて回っていた。電灯が普及すると共に、彼らは姿を消した。

 かつて船に乗り込み、戦場に赴き、記録のために絵を描く職業画家がいた。彼らは写真技術の登場と共にいなくなった。

 昔の電話はまず電話交換局に掛けて、交換手に回線を接続してもらわなければならなかった。電話交換の機械化が進んだことで、交換手はお払い箱になった。

 技術発展の裏には必ず、追われて行った者の背中が、消えて行った文化の影がある。その涙、虚しさ、悔しさは実に計り知れない。しかし彼らの訴えに共感し、頑なに前時代の技術に頼る者が果たしてどれほどいるのだろうか。電灯の下を自動車で走る人に対して、「お前は点火夫や御者を駆逐した人でなしだ」と罵倒できるのか。スマートフォンで電話をし、写真を撮る人に対して、「電話交換手や職業画家が可哀想じゃないか」と叫ぶことは本当に可能なのか。

 

 「可哀想な」お話をひとつしてみよう。

 昔の映画には音が付いていなかったので、映像の横で活動弁士と呼ばれる話芸巧みな者が、状況説明をしたり、登場人物の台詞を代弁したりしていた。しかし1930年代になると音声の付随したトーキー映画が登場し、弁士は不要になってしまう。弁士をクビにしたい映画会社と、生活が成り立たぬと訴えを起こす弁士の争議団に板挟みにされ、当時、須田貞明すだ ていめいという弱冠27歳の活動弁士が自殺している。

 本名を、黒澤丙午くろさわ へいごという。かの有名な黒澤明監督の兄である。

 だが今彼の死を悼んで、活動弁士を伴うサイレント映画の復興を叫ぶ者が、果たして今の時代にいるのだろうか。声優と言う仕事は、音声の付いた映像があって初めて成り立つものだ。それはある意味、活動弁士たちの涙と犠牲を「仕方のないこと」と無情に切り捨てたからこそ成立しているものではないか。

www.ss.i.ryukoku.ac.jp

 かつて工業品を否定し労働者だちが工場を破壊して回ったラッダイト運動があった。生成AIの営みの否定には、それに似た虚しさを覚える。

 技術発展という一見喜ばしく思われる人類史の進歩、時代の転換期は、いつも誰かしらに冷酷な仕打ちを強いることを認めなければならない。いくら努力家で篤志家で、天賦の才と自慢の技術の持ち主だろうと、淘汰される側にならないという保証はない。勉強と仕事に熱心な「良い子」を、両親は褒めてくれたかもしれないが、時の奔放な流れがそれに報いてくれることは残念ながらない

 それは勿論、YouTubeの片隅で活動している私にも言えることだ。時代の牙は、私に対しても確実に向いている。

 だから私は、AIの今を観測し続けているし、この恐ろしい新生児と遊ぶことを辞めない。

 

 

 

最後に

 生成AIとその利用方法を取り巻く状況は、今後ますます変わってゆくだろうが、現時点での私の立場は以上のようなものだ。芸術アートや法律の専門家プロフェッショナルなぞではないから、手落ちも多々あるだろうが、それも含めてこの新技術について勉強を続けたいと思っている。

 無力な我々にできることは、時代の大津波に呑み込まれないよう、虫ケラの如く足掻き続けること、新たな科学技術をちゃっかり自分のいかだに転用してしまうこと、そしてそれを震えながら乗りこなしてみせることくらいだろう。今我々に問われているのは、それを愉快と思えるか否か、ということだ。そして私は、愉快だと思っていたい。

 過去に取り残されたまま生きるのではない。未来の世界で死ぬために。

ChatGPTに生成させた。プロンプトは「未来世界で死ぬというイメージの画像を創ってください」。

 

第38書簡「脳天に戴く死骸」

 最近、日常的に使っているヘアオイルとヘアマスクを刷新した。

 もう彼是かれこれ7、8年ほど、赤だの青だの金だの所謂いわゆる「派手髪」というスタイルを続けてきて、脱色と染色で傷みきった頭髪にこのふたつの化学薬品は欠かせなくなっている。薬局ドラッグストアに置かれているような、市販の安価なものから安価なものへと買い替えたにすぎないが、髪質に合うか合わないかを気にするようになっただけでも、昔の自分と比べれば随分と進歩した。奇抜な髪色への興味は尽きないくせ、当代きっての無精な性分で、数年前までは一切こうした手入れをしていなかったのだから恐ろしい。

 上の動画のように髪を伸ばしていた時期もあったが、毛先の傷みが激しくとても長くは持たなかった。私が人生の殆どを短髪で過ごしているのは、個人的な好みもあるが、長く美しい髪を保つ努力ができないからでもまたある。美容という言葉は、未だに私の辞書にない。

 ちなみに新しく買ったのはダイアンのヘアオイルなんですが、これ安いけどそこそこ良いですね。黒い香水瓶のようなパッケージも好き。

 

 

 

 ヘアケアを意識するようになったのは、毛髪が傷みすぎて坊主頭の危機に瀕したからでもあるが、ある折にふとした気付きを得たからでもあった。

 美容院でキューティクルだの、メラニン色素が抜ける抜けないだの、よく分からない片仮名をよく分からないまま聞き流すのが癪で、髪についての基礎的な知識をいい加減学ぶことにしたのだった。

 毛髪とは、毛根部分で毛母細胞が分裂、増殖し、上に押し上げられている間に角質化したもののことを言うらしい。角質化した毛母細胞は最早増殖しない「死んだ細胞」で損傷ダメージを自己修復できないから、ヘアケアとは傷みを補修することではなく、傷みを最小限に留めるための尽力である、云々。

 ナルホドと首肯すると共に、急に愉快になった。毛髪とは蛋白質の残滓だという。細胞の屍体だという。

 我々は頭頂から、大量の死骸をぶら下げて日々生きているらしい。

www.kao.com

 風呂上りに髪をドライヤーでよく乾かして、オイルを塗って、良い香りを漂わせたりするのは、まるで乾燥させた遺骸に精油アロマを塗りたくり没薬ミルラ肉桂シナモンといった香料を詰め込むエジプトのミイラ作りにそっくりだ。私はインターネットで新しいヘアスタイルやヘアセットのコツを検索していた気でいて、どうもミイラの飾り付け方を学んでいたらしい。

 死んだ者にこうも金を費やし続けねばならないのも何だか釈然としないでもないが、頭の上にイカしたミイラをこさえると、色々なご利益がある。

 

 

 

 日本の武士は、髪をそのまま垂らした「垂髪すいはつ」が一般的だった時代に「まげ」を結って「月代さかやき」を作り、自らを貴族や庶民と差別化した。近世に入って庶民が丁髷ちょんまげを結うようになってからは、侍は「大銀杏おおいちょう」と言って髷先を銀杏の葉のように広げることで、身分を仄めかした。髪型とその維持は、社会的地位と権力の象徴だ

同じ「ちょんまげ」に見えて実は全部違うスタイル。『当世風俗通』より。
台東区立図書館デジタルアーカイブ

 17、8世紀の貴族が派手なウィッグを被っていたことは誰しも知るところだが、これも高貴な身分を代弁するが如き華美な髪型をウィッグで実現させることで、輝かんばかりの栄華を誇示していたワケだ。

当時の過剰なウィッグを風刺したマシュー・ダーリーによる1776年の版画。野菜を挟み込んでいる。

 例え作りが大袈裟なものでなかったとしても、ウィッグで美しく整えられた髪を演出することは、一定の身分以上の者なら努めて当然の、当時の礼節マナーであった。

ルイ14世は30代から薄毛に悩み始め用途に応じたあらゆる髪型、髪色のウィッグを作らせた。髪は俗世の身分を表する道具であるからこそ、無くてはならなかったということだ。

 そして、それはミイラも同じである。

 古代エジプトのミイラ作りには、懇切丁寧に手を尽くす上等なものから必要最低限の処理だけを行う下等なものまで、掛けた費用に応じて処置の等級グレードが変わったそうだが、すると貴族や王族といった持てる者の遺体の方が当然、手間暇が掛けられることになる。だからといって必ずしも品質が担保されるワケでもなかったようだが、遺骸に金銭を投じられるのは富める者の証であり、それは頭髪という「死んだ細胞」にも言えることだ

有名なツタンカーメンのミイラは、マスクや副葬品こそ美しいが、遺体処置に手間を掛けすぎたあまり樹脂の過剰使用が遺体をむしろ損傷させていたというのは皮肉な話だ。
By Roland Unger - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48168958

 さらに手入れされた髪を持つことで、美醜の評価基軸における上位者として君臨することができる。それすなわち、性的強者として振る舞うこともまた可能ということだ。

 平安の貴族女性は「垂髪すいはつ」と言う、背丈ほどまでに伸ばした長い黒髪を維持するに懸命になっていた。それが貴族としてのステータスであり、また女性としての性的魅力セックスシンボルでもあったからだ。

源氏物語』では浮舟の髪は六尺(約180cm)、末摘花は九尺あまり(約270cm) と書かれている。長すぎ。

 ルネサンスの時代、イタリアでは宗教画の影響で金髪が流行して、女性たちは明るい髪色を目指して染料を付けた髪を日の下に長時間晒し、金髪のかつらまで登場したという。まるで平成の染髪ブームの如く、当時も「パツキンブーム」があったというのは興味深いが、髪を脱色ブリーチできるというのは時間的、金銭的余裕があるという表明だっただろうし、美女の一条件でもあっただろう。

 遺骸に手を施せば施すほど異性の関心を引けるというのは面白い現象だ。女性が美しい髪で男性を誘惑することがあるとしたら、それは死の甘美なにおいに惹かれて黄泉国よもつくにへと誘われるようなものだ。

 髪は情念────特に女性の感傷を代弁する象徴として機能することもあるが、死をもって想いを謳うとは実に妖しい。髪を手入れするということは、冥婦ランパスに化けるということか。

「ながからむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ」

────待賢門院堀河

「くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる」

────与謝野晶子『みだれ髪』

 髪を短く切り落とすと活発アクティブに見えるのは、死の影が薄まっているからかもしれない。反対に長い髪の方が女性的に見えるのは、女と恨みは、女と死は、それぞれ近しいところにあるからではないか、等と想像する。

dilettantegenet.hatenablog.com

 

 

 

 そういうことに気が付いたりして、美容行為に対してまるで積極的になれなかった私は、急にヘアケアが楽しくなった。

 それは屍体のメンテナンスだった。様々なヘアスタイルへの挑戦は、自身の遺体を如何に上手く演出できるかという試行錯誤であった。まるでセドレツ納骨堂の人骨でできた装飾品のように死んだ細胞をこねくり回して、自分という教会の外観をデザインする。

セドレツ納骨堂のシャンデリア。Wikipediaより。

 我々は今日も脳天から10万本の、ご自慢の死骸をぶら下げて闊歩している。大小さまざまな、色とりどりのミイラが、今日も陽光の元で披露され風雨に晒されながら燦然と輝いている。

 そういえば爪だって、よく考えてみれば死んだ細胞なのだった。このミイラにも色を塗りたくると、意外な効果を発揮してくれるらしい。

 怠惰な性分をいつも荒れた指先にまで表出させていた私が、最近時折ネイルをするようになったのも、そういうワケにある。

 

第37書簡「愉快で楽しい悪口」

 インターネット上の誹謗中傷が、長らく問題になっている。

 日夜SNSを眺めていて、ネットサーフィンをしていて、誹謗中傷を目にしない日はない。特定の人物の言動への行き過ぎた非難から、容姿への嘲笑、人格の否定、虚偽の吹聴、性別や障害や国籍への差別────内容は多岐にわたるが、いくら芸能人やインフルエンサーが節度ある書き込みを訴えても、法的処置をチラつかせても、心理的苦痛からついに命を絶ったとしても、匿名による悪意が電子の海から消えることはない。

 私のような至極小さな規模、偏執的マニアックなジャンルで活動している者にすら、そうした投稿は日々届く。「死ね」「ブス」「キチガイ」等はまだ可愛いもので、「〇〇(人名)みたいにバカだな」「イントネーションがおかしいからお前は〇〇(国籍)人だろう」「女(性別)だからキモイんだ」というような内容になって来ると、もはや私個人への攻撃に留まらずより広く多数の敵をこさえているので、その有り余る好戦的態度が一体どこから来るのか、のちに起こりうる波紋も反撃をも一切恐れない勇猛さに、一種の感心を覚えたりもする。

「勇敢であれ! すべては後からついてくる・・・・・・・・・・・・

────インド初代首相ジャワハルラール・ネルー(傍点は筆者によるもの)

 YouTuberとして活動を始める前は、侮辱に対して過敏に反応をする者を目にする度、「反応すればするほど相手を喜ばせ、自身の印象も下げることになるのだから放っておけば良いのに、何をムキになっているのか」と思わないこともなかった。しかしいざ自身が罵倒される立場になってみると、その難しさに気が付くこととなる。

 年に1度起きる否かのいさかいならいざ知らず、ネットの表舞台にほんの少し出てみただけで投げ付けられるそしりはしりの数は驚くほどに多い。もしそれが麺麭パンと肉であったなら、永遠に飢えを知ることはない、というほどに。

 悪口の矢面に立ってしまった人の感情的な反撃の背後には、無言の内に葬られた、苦虫を噛み潰す思いで黙された、無数の戦いと悔しさがあるらしかった。そうした中でついに抑えきれなかった思いが、稀に「無粋な口答え」として表出するのだと、その内私は知った。

「その苦しみは、彼女が耐えられる以上のものだった」



 

 誹謗中傷をなくすにはどうすれば良いか。

 インターネット上では、言葉の重みを知り、他者に優しくあろう、というような宣伝キャンペーンが飽きず繰り返されているが、そんなお説教で悪口雑言が消えるなら、この世に裁判官は要らない。全き道徳心と倫理観をもって自身を律せる人間なぞ、我々が想像するよりはるかに少ないと思われる。

 目前の異性を手に入れたいと思う。今すぐに組み伏せても良いが、強姦罪で起訴されるかもしれない。

 こやつの首を締めてやりたいと思う。だが暴行罪に傷害罪、下手をすれば殺人罪に至る可能性がある。

 前科が付けばその後の社会生活に大いに支障をきたす。だから我々は甘言を尽くし趣向を凝らしてデートをするし、人の首には手を掛けない。

 我々は自身の欲求とそれによって発生する責務を天秤に掛けて、どちらを取るべきかを都度選択しているにすぎない。我々の「良心」とは、情け深く公正であることではない。「良心」とは、周囲からの視線、評価を気にして、未来の政治的または社会的制裁を憂慮する態度のことだ。

 よって人の良心に訴えかける喧伝ほど、無意味なものはない。誹謗中傷を行ったことで如何なる制裁を受け不利益が生じるのかを懇切丁寧に説明した方が、よほど効果的なんじゃあないか。

 ちなみに私は陰湿なので、誹謗中傷は勿論、理不尽に腹が立った書き込みについてもスクリーンショット、日時、アカウントID及びそれに紐付けられた諸データを全て記録しているし、書き込んだ者の所属先や顔写真も特定次第全て押さえている。

 悪用することはないけれど、いつだって晒すことも訴えることもできるという構えを取っておくことは、もしもの場合の備え以上に、日々の精神の衛生を保つに大いに役立つ。

" Revenge is a dish best served cold. "

 (復讐は冷えてから食べると一番おいしい)

────クリンゴンのことわざ(映画『キル・ビル』より)

 

 

 

 ……とここまで誹謗中傷に対する批判のような旨を書いてきたが、当の私は悪口が大好きだ。

 そして寺山修司の『家出のすすめ』と三島由紀夫の『不道徳教育講座』をハイティーン時代の教科書として育ってしまったから、悪口にはセンスが必要だと、同時に信じてやまない。

「だいたい、他人の悪口をいうというのは、サーヴィス行為であります。(中略)だから、悪口をいわれたら、悪口をもってこたえねばならない。それが友情であり、義理というものであります。」

────寺山修司『家出のすすめ』角川書店(2007) p.111

 数年間、様々な中傷を受けて気付いたのは、そこに総じてセンスがないということだった。

 例えば「死ね」という暴言。人間は皆、必ず死ぬ。例外なくいつかは死ぬ。その人間に「死ね」とのたまうのは、昇った太陽に「沈め」と言うような、夕暮れの雲に「流れろ」と言うような、何だか頓珍漢な発言だ。「死ね」と言う人間は、太陽がいつも西の空に沈むことを知らないし、雲が風に流されるものであることも知らないらしい。悪口には、知識が必要だ

 「死ね」という暴言の意図を解剖してみると、「私にとって貴方は不快な存在なので、今すぐ目の前から消えてほしいし、できれば二度と巡り会わないよう世の中からも消えてほしい」といったニュアンスだと思われる。ならば地球上に居なければ問題ないから、「今すぐ火星にでも散歩に行っていただきたい」とすると真意が伝わりやすいかもしれない。もし自身が火星に行く可能性があるのならば、「私なら今すぐ貴方をチャレンジャー号に乗せている」とでもしておく。

 せっかくの悪意は、相手に伝わらなければ意味がない。悪口を正しく分かりやすく伝えるためには、固有名詞と比喩を用いてできるだけ具体的にするのが良いだろう。そしてそのためには、豊富な知識を当意即妙に用いる才気エスプリが欠かせない。悪口には、教養が必要だ

 

 

 ドイツの作家ゲーテは、この世から悪口が絶えない理由を「人間は他人のちょっとした功績でも認めると、自身の品位が下がるように思っているから」としている。他人が自分より優れていることが許せないので、悪口を言うことで相手の格を下げ、相対的に自身の格を上げるという寸法だ。

 すると、悪口を言うまでは自身は相手と同格あるいは格下であった、ということを同時に認めることにもなってしまうので、本当に自身が格上である自信を示したいなら、黙して語らずが最も正解であるような気もして来るのだが、ともあれ悪口によって自分の品位が上げられるのだとしたら、それこそ誰にしも尊敬される、素晴らしい悪口を吐いてみたい。

 「死ね」「ブス」「キモイ」といった言い回しが、子供でも使える単純な語句フレーズすぎるために尊敬に値しないというのは、誰しも首肯するところだろう。これでは悪口を言う側の有り余る品格を、全くもって誇示できていない。強い言葉をナイフとして振るいたくなるのは、承認欲求のひとつの屈折した表れでもあるだろうが、ならば「ブス」と言うよりは「目鼻の位置がキュビズム絵画のようでいらっしゃる」、「キモイ」と言うよりは「地球上で唯一の感性をお持ちのようだ」と言った方が、他者の目には印象的に映ってくれるはずだ。

 米国アメリ等では「アイスブレイク Ice break」と言って、スピーチで聴衆の関心を引き付けるためにユーモアある小話トークを冒頭で挟むことが重視されている。悪口にも一抹のユーモアを利かせれば、その分賛同してくれる仲間も増えるというものである。

「決まってるじゃないか自分を重要な人物にしたくて戦場を誂える」

────広瀬大志『激しい黒』「激しい雨(だったから死んだ)」思潮社(2013)p.11

 

 

 

 これは英国の冗談ブリティッシュ・ジョークとは似て非なるものだ。皮肉アイロニーが効いているという点では近しいかもしれないが、諧謔心に富んだ冗談ジョークではなく、こちらには一貫した醜く幼稚な悪意が必要だ。感情の昂りを制御するための成熟した精神も持ち合わせないままに、くだらぬ喧嘩にばかり頭脳を駆使して人を貶めようとする遊戯ゲームの、危険な、馬鹿げた楽しさよ。

 シオランは『告白と呪詛』の中で、「人間関係がかくもむずかしいのは、そもそも人間はたがいに殴りあうために創られたのであって、『関係』などを築くようには出来ていないからである」と言っている。罵り合って殴り合うことこそ、我々の本懐らしい。

 本懐ならばこそ、悪口くらい楽しくやりたい。悪口を言う人間の持ちうる娯楽は、きっとそのくらいしかないだろうから。

"Great minds discuss ideas; average minds discuss events; small minds discuss people."

 (偉大な心はお互いの考えを議論し、凡人は出来事を、そして思考の浅い人は、人について議論する)

────エレノア・ルーズベルト

 

第36書簡「自殺のすゝめ」

 7月1日、『完全自殺マニュアル』という書籍を特集した動画を自身のチャンネルに公開した。

 鶴見済というライターによって1993年に発表された本書には、自殺に相応しい場所や方法、利用できる道具や苦痛の度合いなど、これまでタブー視されて来たが故に言及に具体性を欠きがちであった「自殺にまつわる諸事データ」が網羅的かつ細かに記されており、当然ながら当時の社会に多大な物議を醸した。

 どんな人でも閲覧できるYouTubeというプラットフォームの特質上、動画内では前置きと称して本書を取り上げる理由を小煩く並べてしまったが、そこでも明言している通り、動画を制作した何よりもの動機は、私がこの本に強い思い出と思い入れを持っているから、という至極単純明快シンプルなものだった。

 こんな取り扱い注意センシティブな動画に広告なぞ付くワケもなく、一銭にもならないどころか、ともすればチャンネル停止の危惧もあった(ちなみにそうした運営処分は年月が経った後もある日突然来るものなので懸念は今現在も消えていない)。それでも特集したかった理由は、私がこの1冊を好きだから。ただそれだけだ。

 しかしながら、有害図書にも指定された本書を努めて客観的に紹介しようとするあまり、私個人の自殺観について殆ど語れなかったのは反省点であったかもしれない。公平な情報以上に個人の思想、情熱を聞きたくご覧くださっている視聴者様にとっては、不足だっただろうと思う。実は収録自体はしていたのだが、動画内容が散漫になると判断して全てカットした。

 そこで今回は、編集時にカットした内容を基に、好事家は如何に自殺すべきかという御託を並べてみたい。毎月毎月、死にたい君へ向けてこの鈍色の書簡を送っているつもりではあるが、こうハッキリと陳ずる機会は意外と初めてかもしれない。

「死の想念ほど、心を腐食すると同時に、和らげるものはない。おそらくこの二重性のゆえにこそ、私たちは死の想念を、噛みしめ、半数し、ついにはなくては過せない好物にしてしまうのだろう。ある同じ一瞬の中で、毒物と良薬の双方に、人間を殺しつつ生かす真実の啓示に、つまりは強壮剤としての猛毒に出会えるとは、なんという幸運であろうか。」

────シオラン著, 出口裕弘訳『告白と呪詛』紀伊国屋書店 (1994) 

 

 

 

 私は、基本的に・・・・自殺を肯定する。埴谷雄高の「人間にできる最も意識的な行為として、自殺すること、子供をつくらないことの二つがある」という言葉に賛同する。しかしわざわざ基本的に・・・・と書くのは、肯定できない自殺もまた在るからだ。

 そもそもまず、これから語る「自殺」は、「他殺」や「病死」とは区別されなければならない。

 例えば、かの源義経は平泉の持仏堂で自刃し果てたと伝わるが、これは藤原泰衡やすひらの兵に追い詰められ進退きわまったから命を絶ったのであって、自殺ではなく「他殺」である。また去年2023年、事業の失敗や多重債務を動機とした男性の自殺者が増加したとデータが出ているが令和5年中における自殺の状況 資料、経済的困窮による自殺は行政が適切に支援できなかった「政治的他殺」に他ならない。

www.npa.go.jp

 また上記のデータを見ると、日本の自殺理由の最上位トップは健康問題であるということも分かる。病苦やそこから首をもたげる将来への不安によって命を絶つのは、病気によって殺されているも同然だから「病死」である。ウーズ川で入水自殺したヴァージニア・ウルフや、自らに散弾銃を撃ち込んだヘミングウェイ躁鬱病だったが、これも精神の病に殺された「病死」と言える。

 「自殺」というのは、モノや環境は充分足りていると思われるのに、それでも何かを不足と信じて、あるいは満足した心境のまま選び取る死のことだ。それは傍から見れば、時に不条理な選択であるようにも思われるが、当人にとっては命を引き換えにしない限り、諦めることが、納得することができない問題だった。

 それは義憤であったかもしれない。贖罪であったかもしれない。叶わぬ恋だったかもしれないし、「唯ぼんやりとした不安」だったかもしれない。かの『完全自殺マニュアル』でも、「死にたい気持ちを膨らます要素」として、延々と繰り返される日常のつまらなさとその中で感じる無力感を自殺の正当な理由として挙げている。明日の衣食に困っていなくとも、平和が延々と続いても、人は死ぬ時は死ぬ。

「満ち足りた幸福という考えには、わたしに言わせると、いつも何か希望のない、意気消沈させるようなところがあります。それはまるで、まだ生きているうちに棺桶を注文するような(中略)ひどくいやな響きがあるのです」

────ヘルムート・フリッツ著, 香川檀訳『エロチックな反乱 フランチスカ・ツー・レーヴェントローの生涯』筑摩書房 (1989) よりレーヴェントローの手記

 そういえばフランスの社会学者、エミール・デュルケームが著書『自殺論』の中で、戦争中と戦争直後に自殺率が大幅に低下することを指摘していた。

 デュルケームは、人心に自殺願望を抱かせる社会的要因を「①集団本意的自殺」「②自己本位的自殺」「アノミー的自殺」「④宿命的自殺」の4つに分類して説明する。各項をここで説明していると長くなるため詳しくは下記Wikipediaを参照されたいが、これらと照らし合わせて見ると、『完全自殺マニュアル』に挙げられている自殺理由は、個人主義の拡大によって集団から孤立してしまったが故の「②自己本位的自殺」、何もかも自由であるため欲望が実現されない落胆も大きくなってしまうが故の「③アノミー的自殺」に近いようにも思われる。

ja.wikipedia.org

 三島由紀夫は『不道徳教育講座』の最終章「おわり悪ければすべて悪し」にて、昔は刀のような兇器に殺意を預けられたから自身は無心に道徳的であれたのが、現代はそうした兇器を欠いており、人間が元来持っている殺意という感情への自覚もないから、無意識に殺意が自分へ向くものに────すなわち自殺願望になっているのだと説く。

 この「兇器」を「戦争」などと置き換えて見ると、上記のデュルケーム理屈ロジックがより分かりやすい気もする。

 

 

 

 何故、充足した環境に生きているのに死を選ぶ必要があるのか。そもそも「生きている」という状態は、明確に何を指しているのだろう。

 往々にして「生きている」とは「生命が維持されている」ことを漠然と指すが、心臓が鼓動している状態だけが「生きている」ことではないのは公然の事実だ。

 我々には意思がある。感情がある。それらが死してなお生命活動のみ続けても、動物的には生きているかもしれないが、人間的に「生きている」とは言い難い。緩慢に自殺しているだけだ。

「生きるとは、この世でいちばん稀なことだ。たいていの人は、ただ存在しているだけである」

 ウィリアム・ワイラー嵐が丘』の1939年の映画を観ていた折、「命なしでは生きられない。魂なしでは死にもできない」という台詞にいたく感動したことがある。肉体細胞が機能している────つまり命があるということが、まず生きていることの前提だ。しかしそれに加えて、感受性という魂がなければ、生きることはおろか人間的に死ぬことすらできないという。裏を返せば、死を想うことは感性がある証左────非常に人間的な状態であると言うこともできる。

 太宰治も『或る忠告』の中で、「もっと、まともに苦しもうよ。まともに生き切る努力をしようぜ。明日の生活の計画よりは、きょうの没我のパッションが大事です」と語る。「生きている」とはただ淡々と生活を繰り返すことではない。没我するほどの震える感動エモーション、燃え盛る情熱パッションがあって初めて「まともに生き切」っていると言えるのだ。

www.aozora.gr.jp

 よって、いくら満ち足りた日々を送っていようと、そこに精神的な情動リビドーがないのなら人として「生きている」状態とは呼べず、死を選ぶ理由に十二分になりうる。私が肯定できるのは、この場合の自死だ。これこそが、「他殺」でも「病死」でもない、本当の「自殺」である。

 そして好事家の大義名分をうそぶいては日頃無益な愚行しか犯さぬ人でなしこと我々が、人間的になれる、唯一の瞬間である。

 

 

 

 一方で、自殺を否定する人が居る。

 生に否定的な感情を抱いたことがない人かもしれない。死に纏わる熾烈な体験を経たからこそ、生を肯定する心持ちになった人かもしれない。毎日死ぬ思いで社会と渡り合っているからこそ、自死を選ぶ人間はその努力ができない落語者だと嘲笑しているかもしれないし、またそれは、先に競争レースを降りた者へのやっかみでもあるかもしれない。

 大切な人が自死を選択したら悲しいから自殺を肯定できない、という声もありそうだ。我々は自らの意志で出生したのではなく、気が付くと地上に存在していただけの肉塊であるはずだが、母胎からひり出された瞬間に人を悲しませてはならないという責務を負わされるというのも、まァ突飛な話ではある。

 なるほど生まれた以上は、他人様ひとさまの御役に立ち他人様に喜んでいただかねばならない。つまり我々は社会に奉仕するために創られた人造人間ロボットというワケだ。

「きみの父親はきみの母親を抱いたとき、きみの意思を訊ねただろうか。彼はきみにこの今の時代を見たいか、あるいは別の時代まで待つかときみに訊ねただろうか。またきみが愚か者の子に生まれても我慢するか、あるいは立派な人物の子に生まれたいという野心があるのかと。なんたることだ。きみこそが、このことに関わりのある唯一の人間関係だのに、きみだけが意見を聞いてもらえなかった唯一の人間なのだ。」

────────シラノ・ド・ベルジュラック著, 赤木昭三訳『日月両世界旅行記』(岩波文庫

 電車が止まったら迷惑だから、持ち家を汚されたくないから自殺は御免被る、というような批判もあるだろう。いずれにせよ、社会や他人様からこれまでに享受した御恩を返さぬまま逃げ仰せてはならないし、後ろ足で砂を引っかけるような真似をしてもいけない、ということだ。

 かつて日本にキリスト教を広めようとしたカトリックの宣教師たちは、日本人が「神のアガペー」という概念を碌に理解しないため、苦し紛れに「愛」を「御大切ごたいせつ」と訳したと聞く。あるじにとって従者は大切な手足であるから、主君に従うように神を崇め、主君の財産である自分自身も無下に扱ってはならない、というように説明を工夫したらしい。

 こちらは何も尽くしていないのに、神は何故不相応なまでに自身を愛し慈しんでくださるのか、日本人には分からなかった、ということだ。我々には、無償の愛、隣人愛など理解できない。察することができるのは、物質的な等価交換への義務感と、共同体の中の微妙な上下関係に神経を尖らせることだけだ。

 よって当然、以上のような自殺への批判意見すべてにも、自殺者の苦悩への共感、憐れみなど一切合切内在していない。そこに在るのは、自死に対する極めて個人的パーソナルな主観と、「悲しみたくない」「面倒事に巻き込まれたくない」、また遺された者のパフォーマンス低下が社会の生産性をも下げるだろうといった、直接的であれ間接的であれ、物理的なものであれ心理的なものであれ、己に降りかかるやもしれない災難への忌避感のみである。

 

 

 

 しかし、私は共感されなかった者への憐憫の情をここで述べるつもりも、またない。

 人ひとり死んだところで、世界は何も変わらない。確かにその選択によって何人かは救われ、何人かは永遠に癒えぬ傷を負う。しかし、それだけ・・・・である。

 地球上の99.99%の人間が君の死を認知しない。君のDNAが保存継承されなかった程度で、人類史を揺るがす損失はもたらされない。我々は歴史の重要人物でも何でもない、我々は遺伝子が乗り捨てていくだけの船でしかない。誰かが命を絶った翌日も、日は昇り、草木はそよぎ、電車は走り、学校は始まる。自身の死を衝撃的な大事件であると信じていられるのは、了見の狭い者だけだ。

 時にその虚しさに絶望して、自裁を検討する者もいるかもしれない。けれど無価値な人生を価値ある最期で飾ろうとして、そこに劇的なドラマを期待して選ばれる自殺も、私の肯定できないひとつだ。

 死に美しさを錯覚し、暗澹たる日々にそのくらい華を添えようと夢見る気持ちは分かる。ならばこそ、「美しさ」を軽率に扱うその安直さが目に余る。利己的エゴイスティックな動機にのみよって美を利用しようと企むのは、真に美なるものへの冒涜である。

「実人生を材料にして、完結した作品を造れといわれれば、私たちは、幸福に終る喜劇よりは、破局と死に終る悲劇のほうが造りやすい道理だ。」

────福井恒存『人間・この劇的なるもの』新潮文庫 (1960)

 飴屋法水氏も自著の中でこう語る。

「価値がないって悩むのはさあ、価値が欲しいからじゃないかなあ。そんなの人間だけだと思うよ?」

「他の動物はさあ、別に価値なんか欲しがらないからさあ、自殺とかしないんじゃない?」

────飴屋法水『彼の娘』文藝春秋 (2017)

 

 

 

 生活に追われているワケも、病に苛まれているワケでもなく、しかし心の機微を思い出せず、連綿と続く日々にただ虚しさばかりが募る時。それをすでに「生きていない」状態として死を選ぶことは、人間的な行為に違いない。

 それらに有効な薬があるとすれば、動画で紹介した『完全自殺マニュアル』のような、本項で言及して来たような、暗く美しい文化だろうし、例え我々存在が無価値であったとしても、一方のそれらには価値がある。好事家の自殺許可書ライセンスは、己などという蛋白質への絶望ではなく、それら文化にすら絶望した時に、初めて与えられるように思われる。

 日頃幼稚な呪詛を四方で撒き散らしている私が今もこうして生き永らえているのは、文化の美しさにだけは、私はまだ絶望していないからである。

「なぜ、労苦する者に光を賜り、悩み嘆く者を生かしておかれるのか。
 彼らは死を待っているが、死は来ない。地に埋もれた宝にもまさって死を探し求めているのに。
 墓を見いだすことさえできれば、喜び躍り、歓喜するだろうに。
 行くべき道が隠されている者の前を、神はなお柵でふさがれる。」

────『ヨブ記』第3章20-22節(新共同訳)